番外編 藪春人の思案
冷静さを装っているが、まだ理解が追いつかない。
正直に言えば、集団拉致事件については和泉豊の関与を疑っていた。しかしとんでもないものを見せられ、そのとんでもないもの前提の話をされてしまった。
まだ記者になりたての時、先輩に言われたことを思い出す。
「お前理系だっけ?」
「学部しか出てませんけど」
「あーそうか、じゃあこう言うのが分かりやすいと思うんだけど、世の中には【属人性が高すぎて、再現性が低くて、科学に入れてもらえない】って言うのがあるのよ。実際見ないと分からんと思うけど」
「……? どういうものです?」
「まあ実際見たら分かるよ、つながり持ったら協力してくれって言われること多いけど、大体は取材に協力的だから」
……もしかして、今回のこれが、それなのか?
確かに、これまでの自分の経験が告げている。眼の前にいる三人、和泉豊も朝霧緑も金谷千歳も、できるだけ正直に、協力的に話している……。
なので、和束ハルについての協力は承知した。
そして、最初の予定を思い出した。本当は、和泉豊に和泉和漢堂の夫婦の動向を伝えて反応を見る予定だったのだ。
和泉豊についてはある程度調べてある。大学進学とともに家を出て、以後実家と没交渉。そして、父親を告発するようなことまでした。両親と決別して暮らしたがっていると見ていいだろう。
ただ、告発する程度に親の周辺を調べたことがあるということは、嫌な相手であっても興味のない相手ではない、ということだ。
もはや和泉豊の反応を見る段階ではなくなってしまったが、知りたいかと水を向けたら知りたいと返事されたので、俺も正直に知っていることを話すことにした。
「まず……最近の和泉和漢堂は活動を縮小しています。現在はほぼ休業状態と言っていい」
「それは、集団拉致事件でシンパの人が離れたからですか?」
「いえ、離れた人間もいましたが、まだまだシンパはいましたから一時は巻き直しを計っていました。今活動を縮小しているのは、和泉くろはさんの問題のようです」
「何かしでかしたんでしょうか?」
「いえ、病気か何かで活動できなくて、和泉釈さんがくろはさんの世話に追われている状態のようです」
俺はそう考える理由を話した。集団拉致事件以降の和泉和漢堂のSNS動向と、取材を申し込んだときの感触だ。
和泉釈は精力的にSNSと店舗の活動をしていたのだが、和泉くろはのSNSでの発言は集団拉致事件以降から徐々におかしくなっていった。息子は悪霊に魅入られたと発言したり、陰謀論に傾倒していったり。現在、彼女の中では自分は息子を奪われ世界に立ち向かう悲劇のヒロインらしい。
そして、和泉くろはの活動は、3カ月前からぱったり途絶えた。SNSの発言も、外の仕事で姿を見せることも。それと時を同じくして、和泉釈の仕事の活動頻度が徐々に低くなり、今ではほぼ休業中。
メールで和泉釈に取材を申し込んだところ、もちろん断られた。しかしその断りの文面の中に「家内が体調を崩していて治療に専念している」との意の文章があった。
俺が話し終わると、和泉豊は大きくため息を付いた。
「そうですか……まあ母がそんななら、面倒を見るのは父くらいしかいないでしょうね」
「もともと、ニセ医学や陰謀論に親和性が高いのは和泉くろはさんのように見えましたが」
和泉豊は頷いた。
「その通りです。父は分かっていて、母の世界観に便乗して荒稼ぎを始めているので」
「そうでしたか」
推測が当たるのは、こんな時でも嬉しい。しかし、和泉豊には全く嬉しくない話だったようで、明らかに表情が沈んでいる。
この人も気の毒ではある。和泉豊のした仕事を調べたが、科学的な事実に基づいて書いていることが伝わってきた。両親とは、水と油だろう。困らされたことも多かっただろう。
けれど血縁は簡単に切れるものではないし、親が病気をしていると聞いて、興味がないと割り切れる人も多くない。
金谷千歳が、心配そうに和泉豊に声をかけた。
『お前、大丈夫か?』
「……ごめん、大丈夫だよ。俺は親に関わらないでずっと暮らしてきたし、これからも関わらないように対策練るし、大丈夫」
だが、彼の顔は、ずっと晴れなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます