番外編 狭山誉の愚痴

 先日、ちょっと衝撃的なことがあった。あかりさんも驚いてて、今は落ち着いたけどやっぱりショックだったようだ。

 僕も、なんだか自分の中に収めておけないので、誰かに話したいんだけど……話を聞いてもらってもトラブル起きなさそうなの、和泉さんくらいしかいないなあ。

 DiscordのDMで和泉さんに「本当に聞いてくれるだけでいいんですけど、愚痴を聞いてくれませんか? 少し長くなります」と送ったら「聞きますよ、夜8時くらいから空いてます」と快い返事をもらった。悪いけど、甘えさせてもらおう。

 8時になって、僕は和泉さんと通話を始めた。


「どうもこんばんは、いきなりすみません」

「いえ大丈夫ですよ、どうしたんですか?」

「実はちょっと……あかりさんの実家といろいろあって。その場は収めたんですけど、ちょっと話だけ聞いてほしくて……」


 僕は、あかりさんと一緒に結婚式の式次第を金谷家に報告に行ったことを思い出しながら話した。

 金谷家、すなわちあかりさんの実家に行って式次第の予定を説明した。僕とあかりさんで話し合って、式は角隠し、披露宴でウェディングドレスにお色直しして、後は友人スピーチくらいしかやらず、その分来てくれる人への食事にお金をかけてもてなす、という感じ。でもあかりさんの両親、とくに牡丹さんは「本当にそんなに簡素でいいの?」とずっと不安そうで、式のプログラムの提案をあれこれしてきて。

 あかりさんは末娘だし心配なんだろうなと思って、僕は流してた。あかりさんも「お金無限にあるわけじゃないし、食事がまずかったら来てくれた人に失礼じゃない! おいしいものばっかり出して満足してもらうの!」と言っていたのだけど。

 金谷家長兄、司さんが「あかりたちは二人で話し合って、来る人のこと一番に考えてるんだから、変につつくなよ」と言って一旦はおさまったんだけど。

 次は牡丹さんに、あかりさんの祖父の安吉さんも加わって、僕らの今の生活についていろいろ聞かれた。猫が増えて大丈夫なのかとか、あかりさんは料理できなくて大丈夫なのかとか。

 僕は、「子猫はクーと同じでトキソプラズマはなかったし、妊婦さんがトキソプラズマで心配すべきは猫よりも生物と土いじりです」と答えて、あかりさんも、「包丁使うのが下手なだけで包丁使わないレシピなら割とやれるもん」と答えた。司さんが牡丹さんに「だから姑根性を発揮するんじゃないよ」とたしなめたが、牡丹さんは「でも心配で」と言った時。安吉さんが大きい声で言った。


「ていうかお前たち、いつ子どもできるんだ。同居してもう半年以上経っただろう」


 いや無茶言うなよ! 妊娠して結婚式は大変だからすべて結婚式後だよ!

 と思った瞬間、司さんがキレた。


「このクソジジイ! 今のはどう見てもアウトだぞ!!」

「だ、だって牡丹は半年で」


 安吉さんはうろたえたが、司さんの怒りはさらにヒートアップした。


「母さんは母さん!! あかりはあかり!! だいたいじいちゃんも母ちゃんとなあ、狭山さんに縁切られてないだけありがたいと思えよ! あんたら、こないだどんだけやらかしたと思ってんだ!」


 僕もあかりさんもびっくりしてしまい、とっさに声が出なかった。確かに安吉さんのやらかしはそうだし、牡丹さんも、あかりさんの父の茂さんも、僕よりは峰朝日さんのほうをあかりさんと結婚させたほうが、みたいにやってたし。

 司さんの怒りは止まらなかった。


「あんたらがこんなだから蒼風には海外ルートで結婚しろって言ったんだよ! あんたらがそんなだから俺は一生結婚なんて無理なんだよ!」


 蒼風は、あかりさんの次兄で、海外で仕事して国際結婚した人である。

 牡丹さんが「な、なんでそんな話になるのよ」とうめいた。


「なんでも何もあるか! 俺の縁談相手、結婚嫌がりすぎて尼になってんだぞ!?その時点で反省しろよ!!」

「だ、だってさやかちゃんは煩悩が強すぎるからって」

「建前をそのまま受け取るなよ! 末っ子夫婦にこんなに口出す家の長男の嫁になりたい人がいると思うか!?」


 僕は「と、とりあえず落ち着いてください」と司さんをたしなめた。


「えっとですね、あかりさんが妊娠して結婚式やるのは、母子ともに何かあった時責任取れないんで、そう言うのは結婚式後にって決めてます。そう言う訳なんで、とりあえず落ち着いてください」


 あかりさんは、長兄の突然の怒りにあっけにとられていて、口をぱくぱくしていた。

 こちらが話すべきことは話し終わっていたので、割とすぐ帰ることになって。帰る時、司さんが車を出してくれたのだけど、車の中でものすごく謝られた。


「お見苦しいところお見せして本当に申し訳ありません、ただ、2人がいないところだとあの十倍ああいうことが話題に上がってて、こっちとしてはその度にたしなめてるのにってなって……」


 マジかよ……。


「い、いや、その、僕は自分たちがしてることの理由はっきり言えますし、大丈夫ですよ」

「大丈夫という問題ではなくて、そもそもしなくていい苦労をさせられてるんですよ狭山さんは」


 僕らの話を聞きつつ、あかりさんはずっとびっくりしてたけど、「え、あれって狭山さんいじめだったの……?」と言った。司さんはため息をついた。


「わかってなかったのかお前? お前の親はだいぶクソ姑だしクソ舅だよ、そこにじいちゃんもいるからもう手が付けられない。お前が狭山さんを守るしかない」

「…………」


 あかりさんはまたあっけにとられてしまった。司さんは、絞り出すような声で言った。


「……俺、あんな家にいなきゃいけなくて、だから、結婚相手を幸せにしてあげるのは絶対に無理だから、俺は結婚できないんだよ」

「え……司にい、だからずっと独身なの……?」


 僕は今更気づいた。あかりさんちは三人兄弟で、下二人既婚だけど、29歳の司さんはずっと独身だ。それに霊能業界は結婚が早いから、主さんがずっと独身なのはちょっと不自然なのだ。

 確かに、司さんからしたら妹夫婦にここまで干渉する親なら、長男の嫁はどんなことになるかと心配になるだろうな……。

 ……とまあ、そんなことがあったと、僕は和泉さんに話した。


「それは……嫁姑問題というか、婿姑問題というか……大変でしたね」


 和泉さんは若干引いているみたいだった。


「あかりさん、自分が育った家がそんな事する家だったって今の今まで気づいてなかったみたいで。結構ショック受けてて」

「それはねえ……なんだかんだ言ってまだ19歳でしょう? 受け止めきれなさそう」

「まあ、僕がケアしてあげるべき問題なんですけどね」


 僕はため息を付いた。ケアしてあげたいんだけも、あかりさんは和束ハル探しに動員されてて忙しいんだよなあ……。


「そんなこんなで、僕も結構ショックで。誰かに話し聞いてもらいたかったんですけど、話してトラブルにならなさそうなのが和泉さんしかいなくて」

「話くらいいつでも聞きますけど……その」


 和泉さんが口ごもった。


「えっとその……ここまでの話だと思ってなくて……その、千歳が隣にいまして……だいたい全部聞いてしまっています、本当ごめんなさい」

「千歳さん!?」


 そ、そっか千歳さんいるよな! 他の誰かには聞かせたくない、みたいなこと、僕そう言えば言わなかったもんな!

 ただ、冷静に考えれば、千歳さんには教えておいたほうがいいかもしれない情報かも。


「いや、その、一応、千歳さんの戸籍上の家族の話なんで聞いてもらっても問題はないかと……」

「そうですか、本当にすみません」

『え、えっと、さやかさんって南さやかさんのことか?』


 千歳さんの声が聞こえた。そういえば、和泉さんと千歳さんが困った時の相談窓口が南さんになってたな。


「そうです、あかりさんが言ってました」

『えー、南さんそんなで尼になってたのか、どうしよう、近々会うのに、どんな顔で会えばいいんだ……』

「すみません……」

「いや、狭山さんが謝ることじゃないですから、こちらこそすみません」


 なんだかんだで通話は終わった。

 けど、この通話を千歳さんが聞いていたことが、思いもよらぬ波紋を起こすとは思わなかった。

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