番外編 金谷千歳の反省

 電車の中で、和泉に「今のは俺の信用に関わることだったよ!」ってすごく怒られた。入社したての若い女の子にあんなことしたら、下手したらセクハラだって。セクハラってことになったら、和泉の立場がすごく悪くなるかもしれなかったんだって。

 ワシが今日、透明になってついてきてて、ずっと和泉の様子を見てたって言ったら、和泉はまた怖い顔で怒った。


「こんなことされてさ、俺さ、帰りに千歳にお土産買っていこうとか、どんなケーキなら喜ぶかなあとか考えてたけど、それ全部吹っ飛んだからね。黙って付け回すようなことまたするんなら、俺、千歳を信用できないよ?」


 それは……そうだよな。信用できないよな……。


『だからお前、ワシに好きな人教えてくれないのか?』

「……それとこれとは別だけど、二度とあんなことしないで。俺、千歳を信用していたいんだよ。こんなこと、二度としないで」


 和泉は、ワシが初めて見るような怖い顔で、強い口調だったので、ワシは縮こまってしまった。


『はい……』

「嬉野さんも、あんな事いきなり言われて絶対困ってるからね。女の人にいきなりあんな事言うの失礼だからね。二度とあんな風な誘いをしないで」

『だってお前、ほっといてもなんも婚活やらないんだもん……』


 和泉の眉がまたつり上がった。


「それは他の女の人に迷惑かけていい理由にならないよね?」

『はい……』


 ワシはまた縮こまった。


「今回のは、俺の仕事に影響出かねなかったんだからね? 俺、怒ってるんだよ?」

『ごめんなさい……』


 うつむくと、和泉はため息を付いた。


「じゃあ、もう黙って俺を付け回さない、俺の周りの女の人に変なちょっかいを出さない、そのふたつ、約束できる?」

『……約束する』


 しょぼくれたまま頷くと、和泉は「じゃあ、よろしい」と言った。


「この話はこれでおしまい。千歳、夕飯食べたの?」


 和泉はいつもの優しい顔に戻った。


『食べてない』

「じゃあどっかで食べる? 買って帰る?」

『いらない……』

「いらなくはないだろ、いつもあんなに食べてるのに」

『今日はいい……』


 和泉がこんなに怒ることあるなんて、ってすごくびっくりして、ショックで、何か食べる気になんてなれない。


「今の話はあれでおしまいだから。普通にご飯食べな」


 そう言われても、食欲出ない。


『……家帰って、腹減ったらなんか食べるから、いい』

「そう」


 和泉はそっとワシの頭をなでた。ワシ、こんな優しい奴を、あんなに怒らせちゃったのか……。


『ごめんなさい……』


 泣いて許してもらうつもりなんてなかったのに、目から涙がこぼれてしまった。


「泣くことないから。二度としないって約束してくれただろ?」

『でもごめん……』

「…………」


 和泉は、しばらくワシの背中をポンポンしてくれた。ワシは、こんな優しくていい奴を怒らせちゃったと思うと、胸がぎゅっとして、なかなか泣き止めなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る