とにかくこの場を収めたい

 なんてこと言ってんだ千歳、嬉野さんにセクハラに取られたらどういうことになるかわかってるのか!?

 俺はパニクりつつ、人混みをかき分けてすっ飛んでいった。


「ストップ!! 千歳ストップ!!」


 手のひらで千歳の口をふさぐ。


『もがが』


 嬉野さんはひたすら困惑している。俺は半分叫ぶように言った。


「すみません、この子私の同居人で! 若い女の人見ると誰だろうと私とくっつけようとする悪癖があるんです!」

「ど、どういう悪癖なんです?」

「ごめんなさい、本当にごめんなさい!! セクハラで訴えないでください!!」


 千歳が俺の手を引き剥がした。


『何ですぐ来るんだよ!』

「文句言える立場じゃないからね千歳は!」

『だって……』

「言い訳しない! 先にホーム行ってな! 後で怒るからね!」


 俺は千歳の背を押して改札を通るよう促し、嬉野さんに向き直った。

 ど、どうしよう、嬉野さん、何が起こったか飲み込めてない顔してるけど、セクハラだって言われたら完全に俺が不利だぞ!

 俺はひたすら謝り倒した。


「すみません本当にすみません、本当にこちらはそういう気ないんです、本当にごめんなさい!」

「え、えっとその、同居人さんって彼女さんじゃないんですか?」


 あっ、萌木さんはそう受け取ってる感じだったな……嬉野さん、萌木さんの指導受けてたこともあるから、そこから彼女かもって伝わったのか?


「千歳とは恋愛関係ではないです、本当にすみません、その、千歳はあんなですが私は私は嬉野さんに変な気持ちは一切持ってないので!」

「は、はあ」


 俺は嬉野さんに変な気持ちを持ってないと信じてほしい、でもどうすればいいんだ、何を言えば、どうすれば嬉野さんに信じてもらえる!?

 混乱した末に口から出たのは、ただの真実だった。


「その、あの、私、他に好きな人いるので! 本当に社内でそんなことはしないです、本当にすみません!!」

「あっ、和泉さん好きな人いるんですね、よかったです!」


 なぜか嬉野さんの目がきらめいた。と、とりあえず、信じてもらえたのかな……。


「す、すみません変なこと言って」

「いえ、和泉さんなら絶対誰でも付き合えますよ! その人にどんどんアタックしてきましょう!」

「あー、その、いや……」


 絶対無理なんだよな。諦めの気持ちが、口からポロッと出た。


「あの、多分永遠に片思いなんで……」

「えっ?」


 嬉野さんはきょとんとした。


「ええと、私の好きな人は全く色恋がピンときてないんで、そう言う気持ちは伝える気はなくて……」

「えっそうなんですか……」

「とにかくそう言うことなんで、社内でそう言うのやるつもりは本当にないんで、本当に迷惑かけてごめんなさい」


 俺は、客先でもやらないくらい、嬉野さんに深々と頭を下げた。


「いえ、そんな、私も変な気持ち持ってる人とそうじゃない人くらいわかりますから! そんな頭下げないでください!」


 嬉野さんのオロオロした声が頭上から降ってきたので、俺は恐る恐る頭を上げた。


「本当すいませんでした……買い物の邪魔してごめんなさい」

「いえいえ、じゃ、それじゃ」


 嬉野さんは駅周りの店がある方向へ去っていった。俺は大きく安堵のため息をついた。疲れた……。

 改札の方に行くと、人通りの中、千歳がホームに向かう道の途中で呆然としていた。

 ……あっ。

 もしかして、と思いつつ改札を通ると、千歳が駆け寄ってきた。


『お前、好きな人なんていたのか……?』


 聞かれてた! やってしまった!!


「えっと、それはその」

『誰だ!? いつそんな人できた!? 紹介しろ!』

「そ、その件に関しては一切話したくない」

『なんでだ!?』

「言いたくない」

『白状しろ!』

「絶対にしない! ていうか、今日のことは俺でも見過ごせないからね! 電車乗ったら真面目な話するよ!」


 俺は電車の中で、珍しくガチ目に千歳に怒ってしまった。

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