いい雰囲気で帰りたい

 会社の集まりの日。久々に東京まで出た。

 吉祥寺の小さなレストランを貸切にして社員皆で集まるらしい。開始は18時からだけど、17時半から入れるとのことで、早めに行った。

 店に入ると、久慈さんを始めとして知ってる人はあらかた集まっていた。仕事ではやり取りあるしリモートで顔を合わせることもあるけど、直接会うのは初めてだ。


「初めまして、和泉です。いつもお世話になっております」


 不思議な挨拶だけど、直接会うのは本当に初めましてだもんな。

 奥の方にいた久慈さんがこっちに来た。


「いやー、こんばんは、初めまして。どうです? みんなイメージ通りでした?」


 近くに寄って見てわかったのたが、久慈さんはえらく背が高い。185センチのおっくんより高いんじゃないか?


「えーと、久慈さんがこんなに背が高くてらっしゃるとは思ってませんでした……」


 久慈さんは笑った。


「あー、画面だとわかりませんよね、でも萌木さんも同じくらいありますよ」

「えっそうなんです!?」


 萌木さんそんな巨漢なの!?

 歓談してるうちに嬉野さんも来て、「こんばんは!」と皆に挨拶してくれた。

 この場に女性は嬉野さん一人だ。俺は対応に困ったが、挨拶を返したら嬉野さんの目が嬉しそうに輝いていたのでので、俺はなんとなく大丈夫かなと感じた。

 歓迎される者同士ということで、俺と嬉野さんは近くの席を勧められて、向かい合わせに座った。


「なんか男ばっかりですみません」

「いえ、全然! 和泉さんとお会いできて嬉しいです」


 嬉野さんの表情は楽しそうで、そんなにお世辞でもなさそうだった。俺は安心した。

 で、前菜のカルパッチョとバーニャカウダからイタリアンフルコースがスタートした。

 どの料理も素晴らしかった。ジリオ風スパゲッティ、猪肉の煮込み、どれも感動してしまうレベル。料理がいいので皆表情が和やかになり、誰とでも気持ちよく雑談できるし、来てよかったなあ。

 最後のドルチェにシンプルなプリンが出た。しっかりと固くそれでいて滑らか、卵の甘みとカラメルのほろ苦さの調和が完璧で、俺は思わず思ったことが口に出てしまった。


「これ、同居人に食べさせてあげたいくらいおいしい……」


 それを聞いて、嬉野さんが「あ、そう言えば和泉さんルームシェアされてるんですよね」と言った。


「プリンお好きな人なんですか?」

「えーと、甘いもの全般好きな人で。今日お土産にケーキかなんか買って帰る予定なんですよ」

「あー、そうなんですか」


 お酒は食前酒のワインだけにしとくつもりだったのだけど、食後酒にリモンチェッロが注文できたので、気分がよかった俺はそれも飲んでしまった。

 そんなこんなでいい雰囲気でお開きとなり、俺は嬉野さんとなんとなく連れ立って駅まで行く感じになった。嬉野さんは、今日は控えめながら笑顔も見せていて、楽しめたみたいだった。


「すごくいい集まりでしたねえ」

「たまにはこういうのもいいですね」

「皆さんといろいろ話せたし……Slackだと、なかなか雑談とかできませんもんね」

「本当、そうですね」


 駅について、嬉野さんは駅チカの店に寄るとのことで、俺は嬉野さんと別れて改札に向かった。途中の駅で降りて千歳の好きそうなケーキ買おうと思いつつ歩いていたのだが、鼓膜になんか聞き覚えのある声が引っかかった気がした。

 振り返ると、中学生くらいの女の子が嬉野に話しかけていた。その背格好に、俺は大いに見覚えがあった。


『あのっこんにちは! ワシ金谷千歳って言います! あの、さっきの和泉のことどう思います!? 優しくていい奴だし飲む打つ買う全部しないし怒鳴ったりしないし、すごくいいと思うんですけど!』


 千歳!?

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