番外編 狭山咲の諦念
和泉さんは、何かあったとき、私じゃなくて千歳さんを優先する。今日、それを確信した。
千歳さんに何があったのか、それはさっぱりわからない。緊急事態だとは思うけど。
で、和泉さんは、千歳さんに何かあって、周りも危険で、私も危険の中に会って心細いとき、なんの迷いもなく千歳さんをとった。
改札を抜けることはできたけど、電車は動かなかった。どんどん改札から入る人を避けるようにホームに上ったら、ホームから見える外は真っ暗だった。何か、日光を遮るものが駅中を覆っているようだった。
私は不安なだけだったけど、周りは「頭痛い」「お腹痛い」「気持ち悪い……」とうずくまる人多数だった。私は医療従事者だけど、何も持っていないこんなときじゃ、何もできない。近くのおばさんの背中をさすって声をかけたりはしたけど、それくらいしかできなかった。
何が起こっているのかわからなくて、不安で、心細くて。そんな時、和泉さんはここにいなくて、私のそばにいることを選ばなくて、千歳さんの様子を見に行くことを取ったんだ。
あの黒い何かが千歳さんだとして、千歳さんが緊急事態だとして、それなら和泉さんが千歳さんのところに行くのは仕方ないと思う。和泉さんの中で、千歳さんの存在はとても大きいから。
……で、私は、私より大きい存在がいる男性と、付き合ったり結婚したりは、できない。
どうにか、千歳さんより大きい存在になろうとしてたけど、無理だ。和泉さんの中で、千歳さんの存在は、大きすぎる。
そう思った時、日が差した。顔を上げると、上空の黒いものが少しずつ縮んで、空の明かりがホームに届いていることがわかった。
「……どうにかなったのかな」
千歳さんのところに和泉さんが行って、それでどうにかなったなら、それは千歳さんに和泉さんが必要ってことだったんだろう。
私が背中を擦っていたおばさんが「あら、なんだか少し、楽になったみたい……」とつぶやいた。
「なんか、日が差したら、すーっと楽に……」
「そうですか、でも大丈夫ですか?」
私は全然不調感じてないんだけど……あれ? 千歳さんらしき黒いのが小さくなったら、このおばさん、よくなったの?
辺りを見渡したら、うずくまっていた人が立ち上がったり、ベンチでうなだれていた人が立ち上がって不思議そうに辺りを見回したりしていた。あれ? 他の人達も、黒いのが小さくなったら具合よくなったの?
黒いのが千歳さんだとして、なんか……怨霊的な呪いとか祟りみたいのが広範囲に来た、とか? だとしたら、私が平気なのは、化け狸が四代前にいるから、とか?
……和泉さんには、とりあえず、後で事情を聞こう。その上で、私より千歳さんを取ったことを理由に、もう付き合えないと言おう。
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