番外編 金谷千歳は大事な人
「千歳!!」
和泉の声が聞こえて、すごくびっくりした。痛いのをこらえながら目を開けると、和泉が南さんの管狐に巻き付かれて飛んで、こっちに来ていた。
「千歳、助けに来た、俺の言う事聞いて!!」
そんな、来ちゃダメだ、ワシいつ爆発するか分からないのに!
『近づいちゃダメだ! 危ない! ワシ爆発しそうなんだ!!』
和泉にはお守り持たせてあるけど、あいつのお守りはあくまで霊的な害を跳ね返すだけで、ワシが爆発したら物理的にもすごいことになる、和泉までバラバラになっちゃう!
『咲さん連れて逃げろ! お前の大事な人のところまで逃げろ!!』
こいつは人生これからなんだ、体よくなって、友だちもできて、彼女もできたんだ。大事な人だっているんだ。絶対ここで終わりにさせちゃいけない、頼むから、遠くに逃げて……。
和泉は、ぜんぜん言うことを聞いてくれなかった。飛んできて、ワシのほっぺに触った。
「俺の大事な人は千歳だよ!!」
え?
「ごめん、照れくさくて言えなかったんだ、千歳のこと大事だよ、ずっと前から大事だよ!!」
ワシ? ワシが大事な人? ワシが和泉の大事な人?
「千歳、落ち着いて聞いて。あのね、俺のこのお守りね、千歳がこの輪っかの中に体の一部を入れて、俺がこれは俺の一部でこれの害は俺の害ですって念じれば、千歳に仕込んである悪いものがキャンセルされるかもしれないんだって、できる?」
和泉は左手首を掲げて、お守りの組紐をワシに見せた。組紐は和泉の手首にぴったりじゃなくて、指一本かニ本なら入るくらいのゆるさだ。
ワシは、痛いのと熱いのをこらえながら、一生懸命手を和泉の近くに持ってきた。人さし指の先を細く伸ばすように念じる。
「よし! 千歳、えらい!」
和泉がワシの細く伸びた指先をとって、左手首の組紐の輪っかに入れた。
「千歳の害は俺の害です! 俺の害なんです! 頼むから千歳の害をなくしてください! お願いですから!!」
和泉はワシの指先と自分の左手首を握りしめながら、大声で唱えた。そしたら……痛いのと熱いのが、ふっと消えた。
『な、治った……』
中の奴らも暴れるのを止めた。大人しくなって、うとうと眠りだした。よかった、これでワシ爆発しない!
『ワシ、治った! これで爆発しない、もとの大きさに戻れる!』
「本当!? え、これずっと入れっぱなしにしないとダメなのかな!?」
和泉はまだワシの指先を、自分の左手首と一緒に握ったままだ。
『と、とりあえず、ちょっと抜いてみるか?』
「一瞬だけね、ダメだったらすぐ戻して!」
和泉は自分の左手首を握るのを止めて、ワシは細く伸ばした指先を引っ込めた。特に何も起こらない。大丈夫そうだ。
『全然平気だ!』
「じゃ、とりあえずもとの大きさに戻ろう!」
ワシは、体の表面から力を抜いて、ゆっくりもとの大きさに戻った。
「よかった、いつもの千歳だ」
和泉は、ホッとしたように笑った。
『ワシ、下に降りたい』
「うん、戻ろう」
ワシらは下を見て、元の東口の方、階段を登った辺りに着地した。人を驚かせちゃいけないから、とりあえず女の姿になる。
周りに倒れている人がたくさんいてびっくりしたけど、和泉に「千歳の霊気で霊障起きちゃったんだって」と言われて『あ、なら、いま全部収めたからそのうち良くなる』と返事した。そう言ってるうちにも、うめきながら起き上がる人がちらほら出て、その人達を介抱しようかと一歩踏み出したとき、お腹に違和感があった。
『ん? あれ、なんか刺さってる……?』
自分のお腹に手を突っ込む。小さなナイフくらいの何かに触れた。前、すごく寒くて狭山先生に見てもらって、トゲを見つけたときと同じものを感じて、ワシは怖くなった。
小さなナイフみたいなものを思い切り引き抜くと、その塊はばふっと膨らんで、何か書いてある半紙があたりにたっぷり散らばった。前と同じやつだ!
和泉が目を丸くした。
「そ、それ、もしかして千歳に仕込まれてたやつ!?」
『た、多分……』
二人でびっくりしてると「千歳ちゃん!」「千歳さん!」と声が聞こえた。緑さんと南さんだ。
「お二人共、大丈夫ですか!?」
『大丈夫になった、これ、多分仕込まれてたやつだと思う』
ワシは周りに散らばった半紙を指さした。緑さんも南さんも険しい顔になった。
「回収しとくね、これ解析すれば、犯人わかるかもしれないから」
「これ、前千歳に何か仕込んだ人と同じ手口じゃないですか?」
和泉は回収を手伝う気らしくて、紙を拾いながらそう言った。緑さんが「十中八九、同じ人間です」とうなずいた。
「筆跡が似てますもん。峰家に解析は任せますが、多分同じことを言うと思います」
みんなで紙を拾い集めて寄せ集めて、緑さんに渡した。その頃には倒れてる人はもういなくて、大体の人が起きて、呆然と辺りを見渡したり、壁にもたれてぼうっとしたりしていた。
和泉が「緑さん、南さん、本当にありがとうございました、霊障受けた人たちって大丈夫ですか?」と言った。あ、そうか、お守りの活用方法なんて和泉が分かるわけないし、南さんの管狐もいたし、この二人が和泉に言って助けてくれたのか!
緑さんは「短時間ですし、すぐ治ります。和泉さんも、ありがとうございました」と頭を下げた。そうか、ワシもお礼言わなきゃ!
『緑さん、南さん、ありがとう! おかげで爆発してバラバラにならなくて済んだ!』
「え、爆発しそうだったの!?」
『中の奴らが痛い熱いって騒ぎ出して、そのままだとワシ爆発してバラバラになって周りの人怪我させると思ったから、人のいない上に行って、大きくなって、少しでも爆発しないようにしたんだ』
「そうだったの……」
緑さんは口に片手を当てた。
「術式を解析しないと詳しいことはわからないけど……千歳ちゃんをまたバラバラにしようとしたのかな、なんでそんなことしようと……上島刀自みたいに千歳ちゃんを利用しようとした……?」
え、またあんなになるのやだ!
『ワシ、またあんなになるのか!?』
「大丈夫、和泉さんのお守りで、千歳ちゃんの害になるものは全部拒否されたから」
『そっか』
ホッとしたけど、そしたらすごく力が抜けた。ワシは、自分がものすごく疲れてるのに、今さら気づいた。そっか、ものすごく広い範囲に霊障起こすくらい霊気ぶちまけたんだもん、そりゃ疲れるよな……。
『和泉、ワシ疲れた……』
ワシは和泉の腕を掴んだ。
『ちっちゃくなったら、おんぶしてくれるか?』
もう、その場に座り込みたいくらい疲れてる。
「ちょっ、ちょっと待って、もうだいぶ人目あるから!」
和泉は慌てた。
「おんぶなら、今のままでもしてあげるから!」
南さんが言った。
「私車で来てますから、車回します。家まで送りましょうか?」
『家帰って寝る……』
ワシは立ってられなくて、その場に座り込んだ。
「今車持ってきます!」
南さんは駆け出し、しばらくして黒塗りの車が近くの車道でクラクションを鳴らした。ワシは全然立てなくて、和泉がおんぶして車に乗せてくれた。
車の中で疲れ果てて寝ちゃって、気がついたら家の布団の中にいた。和泉が家まで運んで寝かせてくれたみたいだった。
でもまだすごく眠くて、半分寝ながら、うとうとと考えた。
和泉、本当に優しくていい奴だな……あ、和泉の大事な人ってワシだったのか……もしかして、優しくていいやつなだけじゃなくて、ワシのこと大事だから優しくしてくれるのかな……ていうか、直接助けてくれたのは和泉なんだから、ちゃんと後でありがとうって言わなくちゃな……。
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