ひとまず次につなげたい
好きにメイクしていい、と言ってしまった手前、何が出てきても断りにくい。
咲さんはめちゃくちゃ上機嫌で俺にウィッグを被せ、「服の上からでいいですから!」とスカートを履くように勧めてきた。
ロングスカートだと思っていた服は藤色の長袖ワンピースで、たしかに服の上からでも被って着られる。
「で、でもその、サイズとか」
「大丈夫です! 兄から和泉さんの体格聞いて、入るのを選んだので!」
う、嘘だろ……ていうか、狭山さんこの展開もしかしてわかってたの……?
俺はしばらくためらい、でもメンズメイク教えてもらったお礼代わりだ、と思い切ってジャケットを脱ぎ、ワンピースをかぶった。袖を通す。おい、なんでぴったりなんだよ!
咲さんはニコニコした。
「じゃ、メイクしますね!」
採算は喜び勇んでメイクを始めた。ベースメイク、粉はたき、眉描き、チーク、アイライン、アイシャドウ、ハイライト、影入れ、その他謎技術多数。おい、すごい勢いで女の人の顔が出来上がっていくんだけど!?
咲さんは興奮している。
「やっぱり似合う! 和泉さん、そんなにクセなくて優しい感じの顔だから、絶対似合うと思ってたんです!」
咲さんは本当に嬉しそうだ。好きなことに熱中してイキイキしてる人は魅力的だと思うが、やってるのが俺を女装させることだと、流石に別の感想が出る。
「あ、あの……もしかして、人にメイクするの好きって、人を女装させるのが好きってことなんですか……?」
咲さんは喜々として答える。
「女の子にメイクするのも好きですけど、男の人をかわいくするのにはかないませんね!」
嘘だろ……。
そしてメイクが出来上がってしまった。
咲さんが俺の被ったウィッグを櫛で整える。三面鏡に映る俺は、ロングヘアが似合う、品のいい素敵なお姉さんになってしまった。嘘だろ……。
「これでよし! 似合う! かわいい! すごくきれい! 美人!」
ものすごくほめられたが、人は、ほめられてこんなに微妙な気持ちになるものなのか……。
「ね、姿見の前で全身見てみてください!」
咲さんに促されるまま、三面鏡の前から立って全身が見られる姿見の前まで行く。う、うわー、スレンダーで背の高い、ロングヘアの素敵なお姉さんがいる……。
咲さんは鼻息荒く聞いてきた。
「どうですか!? 目覚めませんか!?」
何に!?
「い、いや、こんなに女の人らしくなるとは……」
「そうでしょう、そうでしょう」
咲さんは満足げだ。そう言えばこの人男の娘好きだったな、嘘だろ、二次元の話じゃなくて三次元でもなの!? 俺、男の娘見るのと同じ、性的な目で見られてるの!?
咲さんはゴツいレンズのカメラを構えた。
「ね、ね、撮らせてもらえません!?」
スマホじゃなくてカメラ、多分一眼、これはもう、ガチ勢だ!!
もう断る気力もなく、俺は「好きに撮ってください……」とうめいた。咲さんは「ありがとうございます!」と狂喜し、俺をあらゆる角度から撮った。
何十枚も撮って、咲さんはやっと落ち着いたらしく「ありがとうございました。もういいですよ」と言った。
「えっと、じゃあ脱いで……あ、そうすると服にメイクつくか。先にメイク落とします」
「そうしてください」
俺はメイクを拭き取り、それからやっとワンピースを脱いだ。適当に畳んで咲さんに返す。
咲さんはなにか成し遂げた顔で、なんか肌がツヤッツヤしていた。
「今日は本当にありがとうございます。で、私はこういう人間なんですが、もしこういう人間でよければ、和泉さんのそういうところも見せてくれたら嬉しいです」
ん? え……え!?
婚活の可能性含め会ってみないか、と狭山さんに言われたことが、ようやく頭に戻ってきた。あ、えっとじゃあ、咲さんはそういう可能性をちゃんと頭に入れていて、先に自分がどういう人間か見せて、俺に選択権をくれている、ということ?
「い、いや、私はここまで尖ったヘキないですけど……」
「別にヘキじゃなくていいんですけど、私がこういう人間でよければ、もっと和泉さんのこと教えてほしいなって」
や、やっと普通の交際みたいなこと言われたな……。
うーん……咲さんとだと、女装させられる可能性があるのか……でも、咲さん、基本的に明るくて元気で、話してて楽しい人ではあるんだよな……。
「え、えっと、じゃあまた次の機会に、のんびりお茶でもしながら話しませんか?」
この人は割と聞き上手だし、女装さえ絡まなければ普通に話してて楽しいと思うんだよな。お茶でもしながら普通に話す、それで俺のことも話す、それでどうかな?
「その、私もそれなりにいろいろありますけど、お茶でもしながらそういうこと、ゆっくり話せたらなと……」
それこそ、千歳のこととか。あと、実家と微妙なことも、ちゃんと話そう。
「え、じゃ、和泉さん、こんな私でもいいんですか!?」
咲さんは、割とマジでびっくりした顔をした。うーん、趣味兼ねて自己開示する気だったけど、受け入れてもらえるとは思ってなかったのか?
「その……流石に女装はそうそう出来ませんが、咲さんは話してて気持ちいい人だと思うので」
「え、え」
咲さんは、少し動揺したような、けど嬉しそうな顔をした。
「じゃ、じゃあ、とりあえずLINE交換しません?」
「はい」
LINE交換して、ほっときっぱなしだったアイスコーヒーを飲んで、その日は帰った。
家に帰ったら千歳に「おい、なんか顔疲れてるぞ、うまくいかなかったのか?」と心配された。でも、咲さんと次また会う約束をしたと言ったら、とても喜んでいた。
女装のことは、全力で千歳に隠しておくことにした。
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