勉強会はこわくない
勉強会の日。俺と千歳は会場の新横浜のホテルまで赴いた。結婚式場に使うような広さの会場が借り上げられていて、老若男女が何十人も集まってざわざわしている。人の圧がすごい。
真面目な場所ということで、俺はスーツ、千歳は制服で来たけど、それくらいでよかったな……。
控室で、緑さんに「今日は東西の現役世代が集まってます」と言われた。俺はまた圧を感じたが、それ以上に千歳がビビってしまった。
『そ、そんなにワシを見たいやつがたくさんいるのか……?』
千歳は相当緊張しているらしいので、俺は千歳の背中をそっとなでた。
「そんな変な扱いはされないから。勉強だから」
『そ、そうだけど……』
緑さんも千歳を安心させるような笑顔を作った。
「人の流れは私が制御するから。大丈夫」
そういう訳で、緑さんが壇上でマイクで話して音頭を取り、千歳が壇上に出ることになった。
千歳は俺の袖を掴んだ。
『こ、こいつの名前呼ばないと術式動かないから! こいつも連れてく!』
あ、やっぱり怖いか。俺は緑さんにそっと聞いた。
「緑さん、私も出てもいいですか」
「あ、お願いします。千歳ちゃん心細そうですし、術式動く所確かに見せないといけないので」
『そ、そんなに心細くない!』
「まあ行くから、出よう」
俺と千歳で壇上に出て、緑さんが軽く俺達を紹介してくれた。俺は「よろしくお願いします」と頭を下げ、千歳も『よ、よろしくお願いします!』と頭を下げた。
千歳が頭を下げて、一同が軽くどよめくのがわかった。うーん、怨霊が礼儀正しく挨拶するの、やっぱり、びっくりするのか?
緑さんが千歳に話しかけた。
「千歳ちゃん、あのね、術式が見えやすいから、一番楽な姿になってくれる? 大丈夫、関係者だけの席で、ホテルの人入らないようにしてあるから」
『う、うん……』
千歳はボンと音を立て、黒い一反木綿の格好になった。
怨霊然とした千歳を目にして、少なからず場が騒ぐ中、席から壇上の下まですっ飛んできた人がいた。眼鏡のお爺さん。
「こ、こんな精緻な術式が見られるなんて!見せてください、動く所見せてください!」
標準語の言葉づかいながら関西系のイントネーション。関西からも人が来てるって言うから、そっちの人なのかな?
緑さんは愛想の良い笑顔を作って、おじいさんに話しかけた。
「和束さま、今お見せしますので」
緑さんは、俺達にささやいた。
「兵庫の、呪術に詳しい和束家の当主の方です」
和束さんか。うーん、他の人は怨霊の千歳に注目してるけど、この人は術式目的で来たっぽいな。じゃあ、この人は千歳自身にはあんまり興味ないわけだから、千歳にあからさまな恐怖や嫌悪を見せないかも?
なら、千歳はこの人なら緊張しないかも?
よし、この人にまず見せよう。
俺は千歳に話しかけた。
「千歳、俺の名前呼べばその術式っていうのは動くんだよね? やってみて?」
『う、うん』
千歳は口を動かした。和束さんは狂喜した。
「素晴らしいです! こんな微妙な調整が効いているなんて! 条件を満たしたときのみに動く……余計な力を使わないように出来ている!」
和束さんは千歳の喉元の辺りを見ながら騒いでいる。うーん、この人、術式にばっかり興味あるのは、高千穂先生の術式版かも。術式の研究オタクなのかも。
高千穂先生の術式版とすると、和束さんはやっぱり千歳自身にはあんまり興味なさそうだし、この人にガンガン術式を見せるなら、千歳の害になりにくいかも?
よし、もっと和束さんに術式とやらを見せよう。
「千歳、もっかいやる?」
『う、うん』
千歳は頷き、また口を動かした。和束さんが喜んで、今度は壇上に上がってきた。
「もう少し見せてください! すごい……ちょ、ちょっとメモを取らせてください!」
千歳が口を動かし、和束さんは喉元を見て手帳にペンを走らせた。
『えーと、もっと喉そらしたほうが見やすいか?』
「そうしてください! ぜひ!」
千歳と和束さんで会話が成立し、千歳は術式を見せるのに協力的。そんな様子を見て、周りの人たちは驚いた顔をしていたが、少しずつ警戒を解いていったようだった。
その後は、緑さんの誘導に合わせて少人数ずつ千歳の喉元を見る会になってしまった。千歳は和束さんで慣れたのと、千歳を変に扱う人がいなかったので、あまり緊張したり嫌がったりすることもなかった。
俺は、胸をなでおろした。
ただ、やっぱり疲れた。狭山さんと金谷さんも会場の手伝いに来ていて、狭山さんが車あるとのことで、俺達を家まで送ってくれることになった。
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