お互い仕事を頑張りたい
『寝てるだけで金が振り込まれるようになりたいんだよな……』
千歳(黒い一反木綿のすがた)が難しい顔ですごいことを言い出したので、俺はびっくりしてしまった。
昼下がり、雨で寒いので、俺も千歳もこたつに入っている。俺は仕事、千歳は組紐づくりをしていた。
「ど、どうしたの千歳、なんか疲れちゃった?」
俺は動揺して千歳に聞いた。そう言えば、千歳はこの所、暇な時間はずっと組紐作ってたな。そりゃ疲れるよな!
どうしよう、今日の夕飯作り代わろうかな、大したもの作れないけど……。
いろいろ考えていたら、千歳は、『疲れるっていうか、毎月締切みたいのがあるの、プレッシャーなんだ……』としょんぼりつぶやいた。
『作るのはさあ、座ってるだけだし別にそこまで疲れないけどさ、なんか……ちゃんと作り終わるまで気が急くっていうか、安心できないっていうか……』
「プレッシャーの問題なの?」
『そうだな』
千歳はため息を付いた。
『だからさあ、早く全部作り終わって早く全部緑さんに渡して、後は金振り込まれるのを寝て待つ身分になりたい』
「うーん、なるほど……」
仕事したくないと言うより、早く仕事を済ませて仕事のプレッシャーから開放されたいってことか。
『えっと、その、組紐づくりは代われないけど、千歳が家事大変とかだったら、俺もそれなりにやるよ。それに、千歳は仕事をちゃんと済ませようって思って、ずっとやってるんだから、ちゃんとしててえらいよ』
何とか千歳を慰めようと、思ったことをとりあえず口に出した。そしたら、千歳はなんだか物欲しそうな目で俺を見た。
『もっと言え』
「うん?」
『もっとほめろ』
え? えらいって言ったの、千歳の琴線に触れたの?
俺は頭をフル回転させ、千歳を褒め称える文句を生み出した。
「えーと、千歳は強力で価値のあるお守り組紐をたくさん作れてとてもすごい! それを仕事にできて、納品の期限も守れてて本当にえらい! 納品物の質もクライアントに絶賛される出来だし、もう文句のつけようがない!」
『もっと』
「え!? え、ええと……そんなに完璧な仕事してるのに家事全般も完璧にこなしてて偉大! こんなスーパー怨霊見たことない! いやもうウルトラ怨霊だよ! スーパースペシャルレア!!」
最後の方は、自分でも何言ってるかわからなくなってしまった。こんな体たらくの語彙力でよくライターなんてやってるな、俺。
一応、千歳に、あなたはえらいしすごい、と言いたかったことは伝わったらしい。千歳はドヤ顔になった。
『ふふん、そんなにほめるなら、まあ頑張ってやろう』
「家事の方は平気?」
『それは大丈夫だ、組紐作る早さ自体はいい感じだから』
千歳は、傍らに置いてある自分のスマホに目をやって言った。
『緑さんにさ、組紐早く作って早く渡したい、って頼みたいんだけど、ダメかなあ』
「早い納品自体は大丈夫だと思うよ、質が伴えばだけど」
『質は折り紙付きだぞ!』
千歳は胸を張った。
「それなら、早い納品は喜ばれるよ。でも、早く納品したから早くお金振り込め、は相手が困るかも」
『金は予定通りの振込でいい』
「なら、全然問題ないんじゃないかな。緑さんに伝えなよ」
『じゃ、今もうそう言っちゃうかなあ』
千歳はスマホを操作しだした。
『あとさあ、お前も萌木さんのところの仕事忙しくなるんだろ』
「そうだね、もう今からやること増えてる」
細かい実務の話、新しい企画の立ち上げの話。萌木さんが俺にやらせたい仕事は割とある。
『……お前もな、いつも頑張ってて、えらいぞ』
千歳はぼそっと言った。
「え」
いきなりの褒めをくらって、俺は変な声が出た。
「え、あ、ありがと……」
『まあ、だから、また体壊さないようにしろよ。身の回りの世話はしてやるからさ』
「う、うん……」
え、こんな頼もしい言葉、ある……? 仕事たくさん頑張れるように身の回りのことしてくれるって……。
千歳は、じとっとした目で俺を見た。
『これで、婚活も頑張って早めに子孫繋いでくれたら言うことないんだけどな?』
「ご、ごめんなさい……」
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