閑話 映画と人助け
おやつのもちもちホットケーキを千歳と一緒に食べていたら、千歳が『なあ』と言った。
『明日の午後さ、星野さんちに映画見に行くから、おやつは一人で食べてくれな』
「映画?」
映画を星野さんと映画館に見に行くんじゃなくて、星野さんちに見に行くの?
疑問に思っていると、千歳が詳しく説明してくれた。星野さんは、前に夫婦で映画見に行ってから、若い頃の映画熱が再燃したそうだ。それを聞いた星野さんの娘さんがNetflixとAmazonプライムをセッティングしてくれて、星野さんは張り切って大きいモニタを用意して。今、星野家にはちょっとしたシアタールーム環境が出来上がっている、とのこと。
『で、ワシと一緒に映画見てお茶しておしゃべりしようって言われたんだ』
「なーるほど」
『でも、星野さん、暇も元気もあるから、本当はもっと人のためになる趣味も作りたいんだって』
「人のためになる趣味ねえ」
俺は首を傾げた。別に趣味なんて無理に作ることないと思うけど、年を取ったらまた違う心境になるのかなあ。
「うーん、映画見るの好きなら、見た映画の評価とか感想をレビューサイトに書くだけで、十分、人助けになると思うけどね」
『そうなのか?』
千歳は不思議そうだ。
「なんていうかさ、今って、娯楽があふれてるから、ある程度評判が定まったものしか見たくない人が多いんだよね。で、そういう人が映画見る時に参考にするのがレビューサイトの評価や感想なんだ。だから、見た映画について、メモ書き程度でもレビューサイトに投稿するのって、自分に合った映画を見たい人のためになると思う」
評価を求めている人は多いが、評価をしてくれる人は本当に少ない。星野さんが評価する側に回ったら、助かる人はいるんじゃないだろうか。
『へえー、そうなのか』
千歳は目をぱちくりしたが、理解はしてくれたようだ。
『じゃ、星野さんに、見た映画の感想書いてみたら? って言ってみようっと』
「そうだね。文章書くのめんどくさかったら、アマプラで星つけるだけでも十分だしさ」
文を読み書きする仕事してると忘れがちだが、世の中の大半の人は文章を書きたがらない。長い文章も読みたがらない。星付けてくれるだけでも十分すぎるくらいなのだ。
翌日、千歳は星野さんちに遊びに行き、俺は仕事をしていた。スマホが震えたので、見ると千歳からのLINEだった。
『あのな、星野さんが今日見た映画の感想書いたから、Webライターのお前にちょっと見てほしいって』
あー、まあ、確かに俺の仕事は文章を書くことだけども……。でも、感想とかレビューって、文章の巧拙より、ちゃんと見て本質を捉えてるかのほうが重要だからな……。
でも、星野さんにいつも野菜もらってるお礼だ、ある程度のチェックはしよう。
「見るよ、LINEで送ってもらえたら助かる」と返事すると、星野さんのLINEから、よろしくお願いします、の言葉とともに映画の感想の文章が来た。
一読して、ちゃんと見て本質を捉えてる人の文章だな、と感じた。うーん、これなら、ちょっとした文章のコツだけ伝えれば十分かな?
俺は返事を書いた。
「すごくいい映画だってことが伝わる文章なので、全体的にこれでいいと思います。ただ、より読みやすい文章にすると、たくさんの人が読んでくれやすいです。この文章だと、もうちょっと漢字を減らしたほうがいいと思います。ひらがなにしても違和感がない言葉は、ひらがなに開くのをおすすめします。あと、一文が短めのほうが読みやすいので、ふたつのことをひとつの文章で説明してる場合は、二文に分けたほうが相手に伝わりやすくなります。一文で四十字から六十字くらいにするのが目安です。でも、こういうコツは読みやすくするためだけのものなので、レビューに必要なのはやっぱり自分の感性です。で、星野さんのは自分の感じたことを書くってことはもう十分すぎるくらいですよ」
……書いてみたら長くなってしまった。初心者へのアドバイスには不向きかな……でも初心者とはいえ、星野さんはちゃんと書き上げられる人だからな……。
少し迷ったが、そのままの文章を星野さんに送った。そしたら、感謝の言葉とともに「お礼に千歳ちゃんにポンカンとはっさくたくさん渡しましたから、二人で食べてくださいね!」と返事が来た。喜んでもらったと思っていいのかな?
千歳はニコニコしながら帰ってきて、『映画楽しかった! 星野さん、お前に添削してもらえてすごく喜んでた!』と、たくさんの黄色い果実を見せてくれた。
「うわー、いっぱい! 星野さんにお礼言っとかなきゃ!」
『お前こういう果物好きだろ、夕飯のデザートに食べよう』
「うん、ありがとう」
仕事は予定より進められたので、俺はその夜、のんびりした気持ちで千歳と夕飯を食べた。
一緒にいて安らげる人と、一緒に食事できるのはいいことだ。千歳が来てから、本当にそう思うようになった。そこにデザートの果物までついたら、もう言うことはないな。
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