コメダでゆっくり話したい 下

鹿沼さんの「お父さん!?」の声を聞いて、千歳は動揺した。

『お父さん!? あんたの!? 怪しい奴じゃないのか!?』

帽子の男性は、おろおろしつつも千歳に言った。

「そ、そこの子の父親です、怪しい者ではなく! 本当に!」

男性に指差された鹿沼さんは「なんでいるの!?」と驚きの声をあげた。

「仕事は!? どうしたの!?」

「は、半休にして様子見に来た、心配で……」

俺はようやく思い当たった。そうだ、中学生の娘が、LINEでよくやり取りしてるだけの男に会いに行くなんて言ったら、そりゃ親はものすごく心配だ!

わー、俺が悪い、俺がバカだった! 千歳が見た目女子中学生で俺の周りにいることが多いもんで、俺みたいなのと女子中学生が一緒にいたらどう見られるかっていうの、完全に頭から飛んでた!

俺はあわてて叫んだ。

「すみません! 怪しい者ではないんです! 和泉豊と申します、Webライターです! 千歳ごめんもう怒るのやめて、俺が悪いから!」

千歳はきょとんとした。

『え、なんでだ、お前何もしてないだろ?』

「そりゃ何もしてないし後ろ暗いことはなにもないけど! 鹿沼さんくらいの年の女の子が、LINEでしかやり取りしたことない男に会いに行くなんて聞いたら、普通、親は心配!」

『お前、何もしてないのに……』

千歳は眉にシワを寄せた。

「してないし、何も悪いこと考えてないけど、怪しまれても仕方ないって!」

『うーん、まあ……そうかも……』

千歳は渋々ながら納得したようだった。

鹿沼さんは席を立って父親に駆け寄り、だいぶ怒った声を出した。

「和泉さんは全然変な人じゃないって言ったでしょ! お母さんのことですごくお世話になってるのに!」

あ、俺、変な人扱いされてたのか……。

鹿沼さんのお父さんはしょんぼりし、「悪かった、ごめんな、心配で」と言った。

「見てたんでしょ、でも何も変なことなかったでしょ!」

鹿沼さんのお父さんはさらにしょんぼりした。

「見てた、何もなかった……」

店員さんがトラブルと見て駆け寄ってきたので、俺は「すみません、大丈夫です、解決しました」と頭を下げた。全員で「大丈夫です、なんでもないです」と言ったので、店員さんは警戒を解いた。

ついでに、俺は鹿沼さんのお父さんに提案してみた。

「あの、よろしければこっちのボックス席で全員で話しませんか? あ、こっちの人間は金谷千歳と言って、私の同居人です」

鹿沼さんのお父さんは微妙に戸惑っていたが、「で、では……」と荷物を片手にこちらの席へ来た。店員さんが察して、彼のカップだの何だのをこちらの席へ移動させてくれた。

千歳も同じようにして、ボックス席の俺の隣に来た。ちょっとむくれている。

『言っとくけどな、変に騒ぎ起こしたかったわけじゃないぞ。お前が鹿沼さんには迷惑かけるなって言ってて、で、お前たちをずっと見てて、そしたら怪しい奴がいたから、このままだと鹿沼さんに迷惑かけるんじゃないかと思って、怒っただけだからな』

「あー、そういうこと……」

そりゃ、千歳から見たらそう見えてもおかしくないよな。

俺は千歳をなだめた。

「千歳的にはそうなっておかしくないよね、でも機嫌直してよ、いまの千歳の格好で機嫌悪いと、見た目すごく怖いんだよ」

今の千歳の格好は、反社もかくやのゴツいおっさんである。少しむくれてるだけで、威圧感がすごい。

千歳は大きな声で宣言した。

『ワシもシロノワール食いたい!』

「奢らせていただきます」

それで機嫌直るなら、かわいいもんだ。俺はまだ近くにいた店員さんに注文した。

鹿沼さんのお父さんは、鹿沼さんの隣に座って俺と千歳を交互に眺めていたが、恐る恐るといった体で口を開いた。

「あの、千歳さんと言うと、もしかして、もみじが暴れた時に止めてくださったという方でしょうか?」

『ん? うん』

千歳は何でもないようにうなずいた。俺も補足した。

「そうですね、鹿沼さんが悪霊になっちゃった時に、鹿沼さんを捕まえて、鹿沼さんが捕まえた人たちを助けたのが千歳です」

口に出してみると、えらいことが起こってるな。

鹿沼さんは、少し居心地悪そうな顔をした。

「えっと、その時、私、和泉さんも捕まえたから、千歳さんは私のこと嫌いなの……」

千歳は、少し表情をやわらげた。

『別に、嫌いってほどでもないけど、こいつにまた変なことしないか心配で、見張りに来てたんだ』

千歳は俺を指さした。つまり、俺にも鹿沼さんにも、心配で見張りに来た人がいたわけである。

鹿沼さんのお父さんは、ため息をついた。

「ええと……失礼をして申し訳ありませんでした。鹿沼光太と申します」

光太さんは帽子とサングラスを取って頭を下げた。四十過ぎくらいの、実直そうな男性だ。

俺も頭を下げた。

「改めまして、和泉豊と申します。Webライターをしております。すみません、名刺を持ってきておりませんで」

ちゃんとした身元の人間だと印象付けるのに、名刺はかなり有効な手段だ。でも、仕事でもないのに持ってきてるわけがない。くそー、作ってはあるのに!

千歳が俺の意図を察したらしく、『そうそう、こいつ怪しくないぞ、ちゃんと仕事してるぞ!』とテーブルに何か出した。

『ほら、この本の制作協力してる』

唐和開港綺譚の1巻だった。表紙の、狭山さんの名前の隣に【制作協力】と俺の名前がある。

俺は驚いた。

「え、なんで持ってるの!?」

『ずっとお前見張ってるのも怪しいから、本読んでるふりするのに持ってきた』

「な、なるほど……」

光太さんは、「こ、これはどうも」と、差し出された本をまじまじと見つめた。それから、鹿沼さんを見た。

「ええと、もみが面白いって言ってた本?」

「うん、私電子書籍で買ったけど」

「そ、そうか……」

俺は、もう少し詳細な自己紹介を付け加えた。

「私は、化粧品や医薬品中心にいろいろ書くWebライターをやっているんですが、父の商売について旧Twitterでツッコミを入れてから、漢方や薬膳の仕事も増えまして。祖父にそういうことを割と教わってて、多少は分かるので、そのつながりで漢方がテーマの小説の制作協力もしております」

「な、なるほど」

「鹿沼さんとは、私の両親の、あまり褒められたものではない商売をきっかけに知り合いまして。鹿沼さんから、お母さんのことをいろいろ相談されたり、お互い近況を連絡し合ったりしています。両親が迷惑をおかけして申し訳ありません」

鹿沼さんは光太さんを肘でつついた。

「和泉さんがどんな人かってちゃんと話してるでしょ! 怪しい人じゃないでしょ!」

あ、鹿沼さん、俺のことけっこう家庭で話してるんだな。

光太さんはまた頭を下げた。

「いや、ご丁寧にありがとうございます。私はこういう者です」

そう言って名刺をくれたので、俺は両手で受け取った。会社名に見覚えがあった。大手の医療機器メーカーだ。

光太さんは話を続けた。

「医療機器の営業と検査をしております。単身赴任が長くて、自分の家の問題をわかっていなくて……妻と娘が大変お世話になりました、ありがとうございます」

「あ、いえいえ」

俺は頭を下げた。

千歳のシロノワールと、鹿沼さんのみそカツパンが来たので、会話は一時中断となった。

『んまい! これ、ソフトクリームなんだな!』

「機嫌直った?」

聞いてみると、千歳は笑った。

『直った!』

鹿沼さんはみそカツパンを片手に光太さんに話しかけていた。

「お父さんも、他になにか頼んだら?」

「でもここ、量多いんだろ?」

「私たくさん食べれるよ?」

「お前が食べたいだけじゃないのか?」

「別にいいでしょ? ケーキもおいしいってよ?」

「……好きなの頼みなさい」

光太さんは、ため息交じりに苦笑した。こりゃ、娘がかわいいだけの、普通のお父さんだな。あと、鹿沼さん本当によく食べるな……。

それから、四人でいろいろ話した。鹿沼さんのお母さんが変な健康法にこらなくなったので、鹿沼家の食卓はずいぶん自由になったそうだ。鹿沼さんは昔は食が細かったが、食事制限がなくなってメキメキと背が伸び、運動部に入ったせいでメキメキと食欲が出たそうだ。

鹿沼さんはシフォンケーキをぱくつきながら言った。

「正直、お母さんが変だったときのご飯おいしくなかったんですよ。今はまともだけど」

『飯がまずいとやる気なくすよなあ』

千歳はいちごモンブランをぱくついている。

「でも、正直、もっと味濃いめのほうが嬉しくて。どうしても食べたいときは自分で作ってます」

『どんなの作ってるんだ?』

「リュウジのバズレシピとか、簡単なのですけど」

『あ、あの人のいいよなあ!』

千歳と鹿沼さんがなんか仲良くなっている。千歳が俺を指さした。

『こいつ、あの人のレシピの揚げない唐揚げ好きでさ』

「え、そのレシピだったんだ?」

俺は思わず言った。令和のレシピだったんだ、あれ。

鹿沼さんが興味を示した。

「え、揚げないのに、おいしいんですか?」

『うまいぞ、油処理しなくていいから楽だし』

俺も言い添えた。 

「すっごくおいしいよ」

「じゃあ、今度の土曜日にそれ作ろうかな……お父さん、コレステロール高いから油控えたほうがいいでしょ?」

鹿沼さんは光太さんに話しかけた。光太さんは、嬉しさを隠しきれないようだった。

「うん、お父さん、それ食べたいな」

そりゃ、愛娘が作ってくれた料理なんて嬉しかろう。

『あと、長谷川あかりって人と、有賀薫って人のレシピも簡単でうまいぞ、やってみろ』

「あ、聞いたことあります!」

千歳と鹿沼さんは料理話で盛り上がり、俺は鹿沼さんが今楽しくやっていることをちゃんと確認できて、ホッとした。

光太さんは、ニコニコしながらたくさん食べている鹿沼さんを慈愛あふれる目で見つめていた。わかる、俺も千歳が何かをおいしそうに食べてる所見るの好き。

会計は、光太さんのコーヒー代以外は全部俺が出した。光太さんに出すと言われたのだが、「こないだ鹿沼さんに私のお願いを聞いてもらったので、お礼させてください」と言って払った。

光太さんに聞かれた。

「もみじ、何をやったのか聞いても教えてくれないんですが、どういうお願いだったんですか?」

「えーと、さっきの本の作者のネットストーカーの身元確認に協力してもらいまして。いわゆる霊能力で」

どういうネットストーカーかの言及は避けた。俺がエロ垢を未成年の女の子に送りつけたクソになるだろ!!

鹿沼さんも空気を読んで、余計なことを言わなかったので、この件は一件落着した。

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