自己紹介をしあいたい

いざ! 千歳と二年越しの自己紹介!

……と言っても、口頭で全部説明するとわやくちゃになりそうなので、基本的なことは紙に書いて交換することにした。俺はこないだ仕事で使った履歴書その他、千歳は手書きの釣書みたいなの。

『ふーん、お前白陰高校ってところ出てるんだ』

千歳が俺の履歴書を見て言う。

「そう、公立だけど頭いい人多かった」

『お前だって国立大学卒だろ』

「それはそうなんだけど」

俺は千歳にもらった方の紙を見た。生年月日:不明(江戸の文化くらい)、核の享年:16歳(数え)、戸籍上の生年月日:2004年8月6日。うーん、千歳の来歴だと、生年月日だけで複雑だなー!

「千歳の核の人の亡くなった年齢、狭山さんに聞いたことあるよ。満年齢だと14か15だから、中学生くらいだね」

『そんなもんだな』

千歳はうなずき、履歴書の次の紙に目を落とした。

『お前の家族構成、父、母、祖母、お前か』

「うん、一人っ子。高校まではおじいちゃんもいて、薬局併設の二世帯住宅」

俺はうなずいた。

「一緒に暮らしてたおじいちゃんおばあちゃんって、父方母方どっちだ?」

「父方。母方のおじいちゃんおばあちゃんはあんまり会ったことないんだよね、お母さんが二人を嫌っててさ」

母親の付き合いにくさ、人の好き嫌いの激しさを考えると、多分母方の祖父母ではなく母親に問題がある。

『それは、なんていうか、大変だったな』

「あ、でもね、俺の親いとこ同士で、おばあちゃんの弟の娘が俺のお母さんだから、父方のおばあちゃんと母方のおじいちゃんはよく手紙やり取りしてるみたい。だから、お互いの近況はある程度伝わってる」

『へえー』

千歳は目をぱちくりした。

『なんか、そういうの、改めて聞かないとわからなかったな……一人っ子なのも、何となくそうかなと思ってるだけだったから……』

「まあ、聞かれなきゃ言わないからねえ」

『きょうだいとか、欲しくなかったのか?』

「きょうだい……」

それ、難しい問題なんだよな……。

「……きょうだい、いても、俺と同じ立場になったと思うし、それなら、いなくてよかったなと思うな。単に一緒に遊べる相手ってだけなら、ちょっと欲しかったけどね」

『……お前の親、あくどいことしてるからか?』

千歳は、心配そうな顔をした。

「まあ、そう。そういう親をいやだなと思うきょうだいだったらかわいそうだったし、そういう親と同じようなことするきょうだいだったら、いないほうがよかったし。一人っ子でよかったんじゃないかな」

話が暗くなってしまったので、俺は話題を変えた。

「まあ、俺は無事大学出るまで行きまして。化学系専攻だったから、化学メーカー……化粧品とか医薬品の有効成分合成してるところに就職したんだ」

『お前が体壊したブラック企業か』

千歳はしょっぱい顔になった。

「なんでブラックだったかというと、俺が入った時部長が縁故採用でまったくネットとパソコンできなくて、課長は最初の半年俺に教えたら転職して消えて、俺に三人分の仕事が降ってきたからなんだけど」

『うわあ……』

千歳はげんなりした。

「その会社、健康食品の有効成分売るのにも進出しようとしてて、でもそれの手続きを全部俺にやらせる形だったんだよね。途中で俺が動けなくなって全部放りだしたから、下手したらポシャったかも」

千歳は俺の履歴書に目を落とした。

『お前が会社辞めたのは……ええと、2020年の6月か』

「あー、それね。会社行けなくなったのは、ちょうど2020年の1月1日だったんだけど」

『なんで正月に働いてるんだよ!?』

もっともなツッコミが入った。

「いや、休みは部長の横槍が入らなくて仕事が捗って……休みなし終電当たり前泊まり込みありでやってたから体壊したんだけど」

『なんで行けなくなったんだ?』

「ものすごくお腹壊してトイレから離れられなくて、熱はあるわ動悸はするわだったから」

『あ、自律神経その時に壊れたのか……』

千歳は納得したようにうなずいた。

『その前から体調良くなかったんだけど。会社行くならおむつないと無理、レベルになって、もう無理だってなって、会社に休みの連絡入れて、行けないまま休職扱いになって、でも、復帰できる気がしなかったから辞めてさ。家で出来る仕事ってことで、WEBライターをほそぼそと始めた感じ』

『へええ……』

「ちょうどコロナで、感染対策、ステイホーム、ひきこもれ! って時期だったからさ、仕事を家だけでやれるようなシステム化が整い始めた時だったのだけは、運が良かったかも」

『いや、でも、大変だったんだなあ、お前……』

千歳は嘆息した。

『他に、ワシに話してないことないか?』

「うーん、後はねえ、会社辞めた後、仕事探してる時、萌木さんのWebライターマニュアルをたまたま見つけて読み込んで、それを頼りに体治らないまま必死で仕事してきましたってくらいかな……千歳と会うまでは、本当にそんな感じだよ」

千歳と会う直前、本当に辛くて、死んでもいいから苦痛なく眠りたいくらいだった、というのは流石に伏せた。今は、苦痛なくぐっすり眠ること、叶ってるもんな。

「逆に、千歳もっとなにか聞きたいことある?」

『うーん……』

千歳は首をひねって悩み、それから聞いてきた。

『お前、本当に友達も彼女もいなかったのか? 奥さんとの絶好騒ぎのあと』

「そういう人は本当にいなかったねえ。話しかけてくれる人とは、失礼にならないくらいには話したけどさ。自分から働きかけなかったから、友達レベルにはなれなくて」

『……うーん、じゃあ、仲の良い親戚とかは? いとことか』

「うーん、母方の叔父さんはいるんだけど、ずっと独身だからね」

『父方は? おじさんおばさんいないのか?』

「お父さんも一人っ子」

『ふーん……うーん、そうか……』

千歳は困り果てた顔になってしまった。

『うーん、これじゃまだわかんないか……』

「なにか知りたいことあったの?」

千歳の言い出した自己紹介だしな、俺についてなにか知りたいことあったのかな?

千歳の目が泳いだ。

『え、えっとその、お前の女の好み知りたかった』

「前に言ったじゃん。明るくて元気で、一緒にいて安心できる人なら言うことないよ」

『いや、それは知ってるけど……もうちょっと具体的に……』

「えーとね、女の人と付き合った経験が無い男に、それ以上具体的に好みを言え、は、だいぶ無理難題かなって」

俺は苦笑した。

『そんな、かわいそうになるようなこと言うなよ!』

「しょうがないじゃん。あとさ、俺は千歳についても聞きたいな」

そう言うと『じゃ、じゃあ、覚えてる範囲なら……』と千歳は居住まいを正した。

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