番外編 金谷千歳の遠謀

祟ってる奴は奥さんと飲みに行って、ワシは家で一人だ。YouTubeの動画流しながら組紐作ってるけど、一人だと何か寂しい。

一人で寂しいと、考えてもどうにもならないことばっかり考えちゃう。

……祟ってる奴の大事な人が、どんな人なのか知りたい。祟ってる奴が絶対話そうとしないその大事な人、あいつとどういう関係の人なんだろう。やっぱり、あの写真の、長袖黒ワンピに白いエプロンドレスの女の子なんだろうか?

こんなに悩むなら、あいつのスマホ盗み見しなきゃよかった。

一人で組紐作ってるのもさみしくて、ワシは緑さんにLINEで相談した。経緯を話したら、緑さんに「他人のスマホの盗み見は、絶対良くないわよ」と言われて、ワシはすごく反省した。

「大体、その子の写真が和泉さんの大事な人とは限らないでしょ」

『そうなんだけど、大事に取ってあったし、他にそれっぽい写真なかったんだ』

「大事な人、誰なのか聞いてもはぐらかされるんだっけ」

『うん……』

「うーん……ていうか、千歳ちゃんってさ、和泉さんのことどれくらい知ってる?」

思い返してみて、あんまり知らないかも、となった。

『あんまり知らないかも。あいつの飯の好みは何となく分かるけど、あとは親があくどい商売してるせいで仲良くないことと、最近の仕事くらいしか知らない』

「うーん、和泉さんもさ、教えていいことなら教えてくれると思うから、少しずつ聞いてみたら? 情報が増えたらわかることもあるかもしれないし、和泉さんも話してくなかで、千歳ちゃんに話してもいいかもってなるかもしれないし」

あ、それいいかも。

『よし! しばらくあいつのことをよく知る年間にする!」

「がんばって!」

『あいつに楽しいことを増やしてやる年間もやんなきゃだから、大変だけど』

「なにそれ、どういう年間?」

『あいつ、悪霊にさらわれた時、親があくどいことしてる自分は生まれてこなきゃよかったって思ってたから、ワシはあいつがいなくなるの嫌だから、あいつに楽しいことを増やしてやって、あいつがいなくなるのが嫌になるようにするんだ』

「そんなことあったの……」

『去年、その年間で花見に誘ったんだけど、あいつ今年も行きたいって言ってたから、そんなに外してはないと思うんだ』

「うーん、和泉さんのことを知るのと、和泉さんに楽しいこと増やしてあげるのは、同時並行でやったほうがいいんじゃない? 和泉さんのことをもっとたくさん知ったら、和泉さんが何が楽しいかもっとよく分かるんじゃない?」

『本当だ!』

ワシは天啓を受けたような思いになった。よし、あいつのことをよく知って、あいつをより喜ばせればいいんだ。

緑さんからはまたLINEが来た。

「でね、大事なのはね、千歳ちゃんの和泉さんの理解だけじゃないと思うの。そんなだと、和泉さんも、千歳ちゃんについて知らないこと多いんじゃない?」

『あー、そう言えば、改まって説明したことない』

「お互い理解し合って、信頼しあえるようになったら、秘密にしておきたかったことも教えてくれるかもよ? だから、千歳ちゃんも、和泉さんに自分のこと教えられるようにしておいたら?」

『お互いに自分のこと教え合うってこと?』

「そういうこと」

『やってみる、がんばる!』

どこかでまとめて時間とって、お互いのことを教えあえないか、あいつに頼んでみよう!

その後、祟ってる奴から「今から帰るね、お風呂沸かしといてくれない?」とLINEが入ったので、お風呂にお湯をためた。

祟ってる奴はしばらくにて帰ってきて、「はい、おみやげ」とシュークリームの箱をくれた。

「シュークリーム専門店の。千歳の好きそうな味だよ」

『わあー! 今食べていいか!?』

「どうぞどうぞ、俺お風呂入ってくるね」

シュークリームはザックザクの生地で、濃厚なカスタードクリームたっぷりで、すっごくおいしかった。

……食べ終わって、気付いた。あいつ、ワシのお菓子の好み、割とわかってるのか。お菓子の好み、ちゃんと話したことないけど。

でも、あいつにちゃんとお菓子の好み話したことないわけだから、あいつはワシの好きそうなものをあれこれ考える手間があったわけで、それはけっこう大変なわけで……。

あいつは、優しくていい奴だ。大変なこと、できるだけ減らしてやりたい。

ワシは、風呂から上がってきた祟ってる奴に、『なあ』と話しかけた。

「ん? なに?」

『あのさあ、ワシお前とそれなりに長い付き合いになるけどさあ、お前のことあんまり知らないんだ』

「え、そう?」

祟ってる奴は目をぱちくりした。

『で、お前も、ワシは自分のことそんなに話したことないから、ワシのことあんまり知らないと思うんだ』

「……そうだね。まあ、千歳のこと、知らないことは結構あるね」

祟ってる奴は頷いた。

『あのさあ、今じゃなくていいけど、どっかで時間取れる時にさ、自己紹介と言うか……お互いの知らないこと、教え合わないか?』

そう提案すると、祟ってる奴は頷いたけど、不思議そうだった。

「うん、いいけど、いきなりどうしたの?」

『えっとその……お前がいない間緑さんとLINEしてたんだけど、その時、緑さんに、二人とももう少しお互いのこと知ったほうがいいんじゃない? って言われて、そう言えばワシお前のことについてちゃんと聞いたことないなと思って、そしたら、ワシも自分のことお前にちゃんと話したことあんまりないなって気づいて……』

こいつのスマホ見て、こいつの大事な人かもしれない写真を見ちゃって、こいつの大事な人を知りたいけどなかなか話してくれないから。お互いにお互いのこと教えあって、信頼しあえるようになったら、こいつのガードが緩むかもしれないから。

祟ってる奴は「時間取れるときねえ」と考え込んだ。

「じゃあさ、明日の夜は少し早く仕事切り上げるから、夕飯の前にお風呂済ませて、夕飯の後、お茶でも飲みながらいろいろ話さない? まあ、いきなりだから、なにか話せばいいかまとまってないけど……」

『じゃあ、その時、緑さんにもらったカフェインレス紅茶いれてやるな!』

そういう訳で、出会って二年くらいなのに、お互い初めて自己紹介をすることになった。

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