高校時代が割としょぼい
イタリアンバルでおっくんと待ち合わせし、軽く飲みながら近況報告になった。狭山さんが結婚した話になり、そこからおっくんは今、実は婚活に踏み出したという話題になった。
ただ、あんまりうまく行ってないようだ。
「トキメキが欲しいっ……! イチャイチャが欲しいよぉっ……!」
対して酔ってないだろうに、おっくんはつっぷして嘆いた。マッチングアプリや結婚相談所だと、その辺が全然得られないらしい。
「まあ……おっくんレベルだと、スペックだけしか見ない人ばっかり寄ってきてもおかしくないかもね……」
東大卒・大出版社勤務・高収入・おまけに政治家の家系。人間性じゃなくて、スペックを重視して飛びついてくる人が多いだろう。
おっくんは顔を上げてまた嘆いた。
「甘酸っぱい思い出なんて中高でやっとけと思うけどさー! 男子校だとそういうの「無」なんだよ!!」
「そりゃそうだろうねえ」
「仕事でもさあ、甘酸っぱ展開のラノベにうまくアドバイス出来なくて困ってるんだよぉ」
「わー、実害」
すると、おっくんは何かに思い当たった顔をした。
「ゆっちゃんは共学じゃん! あるんだろ! 甘酸っぱイチャイチャ思い出!」
「甘酸っぱい思い出ねえ……」
ずっと自分から友達作らなかったからなあ。俺だって恋愛は「無」だ。
あ、いや、ギリギリひとつあるな。そんなに甘酸っぱくなくて、物理的に痛かった思い出だけど。
「えっとねえ、人の色恋に巻き込まれてぶん殴られて鼻血出したことならあるよ。一応、裏で起こってたことは甘酸っぱかったのかも」
「ど、どういうこと!?」
おっくんは目をむいた。
「えーとね、高一の時、クラスの華みたいな仲のいいギャル二人がいてさ。高根さんと稲口さんって二人で」
俺は、当時のことを話しだした。
高根さんと稲口さん。周囲からはニコイチで見られてた、明るくて仲の良い女の子二人。彼女たちのお陰でクラスがいつも明るかったが、よく二人を見てると、高根さんの方の能力と尽力によるものとわかったと思う。稲口さんは空気を読まず自分の好き嫌いを口にすることが多く、ちょっと短慮なきらいがあったが、高根さんはそれをうまくフォローして稲口さんと仲良くし、周りを盛り上げていた。
「でね、高一の時の文化祭で、稲口さんが男女逆転メイド喫茶やりたがったんだ。男がメイド、女が執事のやつ。女子は割と賛成多かったんだったんだけど、男子が全員嫌がって。でも稲口さん自分の意見曲げなくて、高根さんも稲口さんをフォローするの大変そうでさ」
「えー、どうしたのそれ」
おっくんは目を瞬いた。
「俺ね、クラスの雰囲気悪くなるの嫌だったし、男子一人だけでも女装メイドすれば稲口さん満足して高根さんが困らなくなるかなと思ってさ、「俺で良ければメイドやるよ」って手上げたんだよね」
「お、えらーい」
で、男子メイド試作品を作ろうということで、俺は次の日に高根さんと稲口さんにバッチリ化粧され、ばっちりメイド服を着て、けっこう見られる女装メイドに仕上がってしまった。
「で、男子は俺以外皆嫌がってたんだけど、女の子たちはすごく男子をメイクしたがってたんだよね。で、俺、よく喋る男子中心に「メイクしてもらう時って、女子の顔近くてすごくいいよ。頼めば好きな子にメイクしてもらえるかも」って言いまくって、男子全体を懐柔してさ」
「策士〜!」
そういう訳で男女逆転メイド喫茶の企画は軌道に乗り、俺は稲口さんの細かい要求をなるべく聞いて企画進行を手伝い、文化祭はなかなかの成功を収めた。俺は、文化祭に遊びに来たおばあちゃんにメイド姿を可愛いとほめられたくらいだ。
「いい話じゃん。なんで殴られるの?」
「話はここからなんだよ。文化祭終わった後、俺、稲口さんに告白されてさ」
「ええー!?」
「高根さんが困るのかわいそうだったから、俺、割と稲口さんの要求を叶えるようにしてたんだけど、それがよくなかったみたいなんだよね」
「ん? よくなかったって、告白されて嬉しくなかったの?」
おっくんは不思議そうにした。
「その頃、俺、自分は友達も彼女も作っちゃだめだって思ってる真っ最中だったから。あと、俺が好きだったの、高根さんだったから」
「あ、そうなの!?」
おっくんは目を丸くした。俺は少し笑った。
「途中で気づくかと思ったけど、全然気づかなかったねえ。俺が動いてた動機、高根さんが好きで、高根さんに困ってほしくなかったからだよ」
「ぜんっぜん気づかなかった……俺、共学の人と恋愛経験値違いすぎるわ……」
おっくんはうなだれ、俺は話を続けた。
「でね、俺はさ、稲口さんの告白は「女の子と付き合うこと考えてないから、ごめん」みたいな感じでサラッと断ったんだけどさ。後日、俺、稲口さんを好きだった柔道部の男子に呼び出されてぶん殴られて」
「え、稲口さんを振ったから!?」
「まあ、そう」
俺はうなずいた。高根さんが感づいて騒いでくれたので一発で済んで、相手の親まで出てきて謝り倒されたな。殴った本人は終始ムスッとしてたけど。
「まあ、鼻血だけですんだから、謝ってもらうだけでおしまいにしてね。俺の恋愛がらみの話は、そういう痛い思いしたことだけ」
「うわー、本物は甘くないな、いろんな意味で……」
おっくんはちょっと引いていた。う、そうだな、おっくんは甘酸っぱ要素を求めていたんだよな……。フォローが必要だ。
「うーん、甘酸っぱい要素としては、高根さんが撮ってくれた写真、俺は今もスマホに大事にとってあるってことくらいかな。被写体が女装メイドの俺だから、いまいち締まらないんだけどさ」
そう言うと、おっくんは「あ、あま〜い!!」と騒いだ。
「え、今も持ってるの? 見せてよ!」
「いや、本当に俺しか写ってないんだって」
「友達の女装写真、普通に見たい。ゆっちゃんの女装なら、狭山先生の唐和開港綺譚のネタになるかもしれないし!」
「主人公の桂花は俺の女装とは違うからね!?」
そうは言ったが、俺は普通にその写真をおっくんに見せた。おっくんはしげしげと写真に見入った。
「けっこうかわいいじゃん。照れてる感じなのがさらにかわいい」
「人生初の女装で堂々とできるほど、肝太くないよぉ……」
「あとこれ、もしかして、好きな子に撮られてるから照れてる?」
「なんでそれはわかるんだよぉ……」
俺は恥ずかしくなった。おっくんは俺に聞いた。
「高根さんと、その後何もなかったの?」
「なんにも。高ニでクラス離れてそれっきり。まあ、今は思い出だよ」
おっくんは、しみじみとつぶやいた。
「俺、好きな女の子を助けて殴られて好きな女の子に介抱される高校生活送りたかったな……」
まあ、俺の今の話をいい所だけかいつまめばそうなるけども……。俺が殴られた時、高根さんが気づいてくれたから高根さんが保健室までついてきてくれたし。治療してくれたのは、保健室のおばあちゃん先生だったけどね。
俺はおっくんに言った。
「なんかさ、いきなり婚活! ってやるからよくないんじゃない? 女の人も含めて色んな人と友だちになれる趣味の集まり、くらいがおっくんにはいい感じなんじゃない?」
おっくんはしおしおした。
「俺の趣味、本と漫画と筋トレなんだけど、一緒にやってくれる女の子いると思う?」
「……ま、まあ、がんばって探しな!」
それ以外フォローのしようがなかった。がんばれ、おっくん。
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