自己紹介をしあいたい 下
千歳にもらった紙を改めて見る。生年月日はともかく、趣味:料理、仕事先:金谷神社にてお祓いの手伝い、か。
「千歳、ご飯作るの趣味なの? 俺にまともなもの食べさせたくてやってるんじゃないの?」
『最初はそうだったけど、食材やりくりしてレシピ調べていろいろ作るの、結構楽しいぞ!』
「そうなんだ、それはなんていうか、よかった」
毎日やってもらってること、楽しくやってくれてるなら、俺も嬉しい。
家族構成:不明、朝霧分家の子? とあって、俺はそこに目を留めた。
「えっと、千歳……この、朝霧分家の子っていうのは、核の人のこと?」
『うん』
千歳は、なんでもないようにうなずいた。
「前、あんまり思い出せないって言ってなかったっけ?」
『えっとな、一度ばらばらになってから、思い出せるようになった。物心ついたころからあの座敷牢いたけど、朝霧家に縁のない子供をあんなところで食わせてるわけないし、でも本家の子供ならもう少し待遇よかったと思うから、まあ分家くらいだろうなって』
千歳は本当になんでもないように話すが、俺は胸が締め付けられるような思いだった。あんな暗いところに、小さいころから、ずっと、なんて。
「……その、当時どんな暮らししてたか、聞いてもいい?」
『うん。えーっと、たまに難しい除霊をやらされる以外はずっとあそこかな。外に出される日の前日は風呂に入れてもらえて、髪もちゃんと結ってもらえた。あとは、言われたらお守りの組紐とか御札とか作ってたな。あ、だから字は読めたし、簡単な計算もできたぞ!』
千歳は胸を張った。千歳がなんでもないように話すのが、俺は余計辛かった。
「……辛くなかった?」
『うーん、すごく寂しかったけど、あの時代ではいい暮らしのほうだろ』
「そうなの?」
俺は目を瞬いた。
『だって飯も寝るところもあったし、たまに甘いものももらえたし。ワシの中、寒村から売られた子供も結構いるけど、食べるのにすら事欠いたんだぞ?』
まあ、江戸時代、貧しい村と比較したらそこは恵まれてるかもしれないけど。
『まあ、寂しくて、話し相手はすごく欲しかったけどな。最後の1年半くらい、誰も話してくれなかったから』
「そっか……今は寂しくない?」
『全然! お前いつもいるし、星野さんも緑さんもいるし、他にもいろんな人優しくしてくれるし!』
千歳は、にかっと笑った。
「……そっか。じゃあ、ついでに、好きなものとか、好きなこととか教えてくれないかな?」
『うーん、そうだな、甘いものが好きだ』
「和菓子より洋菓子が好きな感じだよね」
『うーん、まあ買うのは洋菓子が多いけど、別に和菓子嫌いじゃないぞ』
「そうなんだ?」
『この春こそは、いちご大福を食ってみようと思ってるんだ』
何故かドヤ顔をする千歳。いや、でも、ベースの知識が昭和な人には、いちご大福は冒険か。
『あとは、黒糖かりんとうとか芋けんぴとかも好きだし』
「はっきり甘いものが好きなんだね」
『そうだな』
なんとなく話題が落ち着き、少しの間沈黙が流れた。
『お前の好きなものも教えろ。肉の出汁が染みた野菜が好きってことくらいしかわからん』
千歳にそう言われて、俺は驚いた。確かに好きだけど、言ったことあったっけ!? 作ってもらったものに文句言うの悪いなという気持ちあるもんで、おいしい、は言っても細かな好き嫌いは言わないようにしてたんだけど!?
「え、え、俺、言ったっけ?」
そう聞くと、千歳は『普段見てればわかる』とこともなげに言った。
『お前、大体おいしいって言って食ってるけど、ハンバーグより合いびき肉で作った芋の煮っころがしの方が反応いいだろ』
「それは……そうかもしれない」
そうか、俺が千歳の反応見てお菓子選んで買ってきてるのと同じに、千歳も俺の反応見てるのか。
『ワシだってな? お前の好きなもの作ってやろうって気持ちはあるんだからな? 好きなものはちゃんと言えよ?』
千歳がジトッと俺を見るので、俺はあわてた。
「え、えっと、千歳の揚げない唐揚げと、柚子ジャムと醤油の鶏照り焼きと、あとえっと……いっぱいあるからわかんない」
『いっぱいあるのかよ』
千歳は吹き出した。俺は照れくさくなって頭をかいた。
「いや、いつもおいしく食べてるんだよ、千歳の料理。なんていうかさ、落ち着く味がする」
『まあ、じゃあ、今度花見行くときは、また揚げない唐揚げ入れてやるよ』
それからもいくらか話して、俺はこんな時間が持ててよかったなと思った。
だいぶ寝る時間が近づいて、俺は千歳に「他に何か聞きたいことある?」と、水を向けてみたら、『……まあ、聞けることは聞いた。わかんなかったけど』と言われた。
「何がわかんなかったの?」
『ひ、秘密だ!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます