第8シーズン

番外編 金谷千歳の疑念

祟ってる奴が「やっと……終わった……仕事……」とうめいてパソコンを閉じてこたつに突っ伏した。最近いろいろあって仕事詰まってたんだって。

『お疲れ、明日休めそうか?』

「一応……」

祟ってる奴は突っ伏したまま答えた。

『布団行ったら体もんでやるぞ』

「今行きます……ありがとう……」

溜まってるやつはよろよろと寝室に行き、さっき敷いといた布団に、ばふっとうつ伏せになった。ワシはデカくてごつい男の格好になって、祟ってる奴を全身もみ始めた。

……なんか最近いろいろあっておろそかになってたけど、こいつが楽しいこと増やしてやったり、望みを叶えてやったりして、こいつがいなくならないようにするのを、またちゃんとやりたい。正面から聞いたらこいつ、遠慮して答えなさそうだけど、こんなにゆるゆるにリラックスしてるときならそういう自制も緩むんじゃないか?

ひとまず、休みに絡めて聞いてみた。

『お前さ、休みになにかしたいことあるか?別に明日以外の休みでもいいけどさ』

「うーん、そうだなあ……」

祟ってる奴はふにゃふにゃの声で答えた。

「ちょっと先になるけど、また千歳とお花見行きたいな……またお弁当持ってさ……」

お、去年花見誘ったの、正解だったんだ!

『おう、行こう!』

「あと、コロナとインフルの状態によるからいつになるかわかんないけど、またおばあちゃんに会いに行けたら、その時千歳も来てほしい……」

『ん? ワシ行くのはいいけど、家族じゃなきゃだめとか言ってなかったか?』

「その辺は老人ホームの職員さんが許してくれるかによる……まあ、機会ができたら逃さないで一緒に来てほしいなと……」

『まあ、行ける時が来たら行く』

なるほど、おばあちゃん孝行もこいつのしたいことなわけだ。

「あ、ていうかおっくんに飲みに誘われてるからそれも行きたいな……お互い予定さえ会えばすぐ行こうよってなってるんだけど、なかなか合わなくて……」

『仕事では結構話してるのに?』

「オフで飲むのはまた別の良さが……」

『それはあるか』

友達付き合いもしたい、なるほど。

そんなに変わった望みはないな。こいつの世話ちゃんとしたら、こいつの予定に多少余裕できて奥さんと予定合わせやすくなるかもしれないし、明日からも家事がんばるか。

……ていうか、手近な予定でできるものばっかだな。もうちょっと、芯を食ったこいつの望みとか聞けないもんかな?

『お前、他になにか、もっとでかめの、人生自体の望みとかないのか?』

「人生ー?」

祟ってる奴は肩甲骨周りをほぐされて半分寝ていたらしく、頓狂な声を出した。

「うーん、人生的には、もっと稼ぐのがんばりたい気持ちがある……でも残業は嫌だし週一の休みを死守したい気持ちもある……」

こいつは、夕飯の後の仕事を残業と言っている。夕飯の後はゆっくりしたいらしい。

でもこいつの仕事手伝ってやるのは、あんまり出来ないしなあ。

『うーん、仕事は、それはお前ががんばれ』

「はい……ていうかさ」

祟ってる奴は少し頭を上げてワシを見た。

「前にさ、千歳にさ、俺を治してくれてありがとうで三つお願い聞くよって言ったけど、残りひとつ聞いてないじゃん。千歳も何かしてほしいこと言ってよ」

『あ、そういやあったなそれ』

自分で言い出したことなのに忘れてた。

なんだろうな……なんか多めに言うこと聞かせてやりたいなと思って三つって言ったけど、今すぐになにかこいつにやらせたいこと、すぐに思いつかないな……。

こいつの乏しい懐に打撃与えたくないし、ワシある程度自由になる金あるし、金のかからないことでなにかこいつにやらせたいことを、と思うけど……。

いや、それはまあ、後にしとこう。もともとこいつの望みを聞きたかったんだ。こいつの望んでることは、花見、おばあちゃん孝行、友達付き合い、稼ぐこと、ある程度の休み。

こいつの望むこと……。

ふと、思い出したことがあった。そう言えば、こいつ、おばあちゃん以外に「大事な人」って呼ぶ人がいるんだよな。いろんな人の見る場所ではっきり宣言してたもんな。ワシには言いたくなさそうだったけど。

でも、今聞いた望みの内容、その大事な人の影も形もなかったぞ?

え?

……こいつの大事な人って、誰だ?

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