いろんな花と撮ってみたい

さて、休みにやることがある。スマホの機種変だ。これまでのスマホ、だいぶバッテリーがヘタってて、動作も遅くなってたので。

新機種は今のスマホと同じブランドの最新機種にした。アプリもデータも全部移行できる専用ソフトのある機種だから、新旧スマホをUSBで繋いだら後はしばらく待てばいいのだが、ログイン情報は手入力必要だし、思わぬ不具合が出るかもしれないしで、休みの日にデータ移行その他済ませておきたかった。

こたつに入った俺の膝で組紐作りつつ、千歳が聞いてきた。

「どんなデータ移すんだ? 仕事のデータか?」

「んー、仕事のデータはパソコンとGoogleに入れてるから、スマホのデータはまあ、個人的なのが多いかな。まあ、仕事用のアプリもたくさん入ってるけどさ」

『個人的なデータ?』

「まあ、これまで撮った写真とか、もらった写真とかかな」

『……お前の、大事な人の写真とか?』

「え?」

大事な人?

面食らったが、そう言えばだいぶ前に、千歳に大事な人の有無を聞かれて慌てたことがあったっけ。いや、俺の大事な人、筆頭は千歳なんだけど、面と向かっていうの照れくさいし……。

「えっと、まあ、付き合いがあった人の写真はあるかも。あー、その、新しいスマホカメラの性能良くなるし、いろいろ撮りたいな。桜咲く前に使いこなせるようになりたい」

適当にごまかすと、千歳はごまかされてくれた。

『そっか、おばあさんに桜のいい写真送ったら喜ぶな』

「そういうこと」

こないだローズガーデンでの千歳と俺のツーショット送ったら喜んでたから、また桜と千歳と俺とで撮らせてもらうかなあ。

データ移行できたので各アプリにログインし直し、なにか忘れてることはないか思案して、そうだと俺は思い出した。

「指紋覚えさせなきゃ」

『指紋?』

「スマホ、指紋認証にしたいんだけど、それにはまず俺の指紋を覚えさせなきゃダメなんだよね」

『へー、そんな機能あるのか!』

千歳はあんまり知らなかったようだ。

『ワシのスマホも指紋でピッてできるのか?』

「うーん、指紋認証機能自体はあったと思うけど、千歳の指紋ってコロコロ変わらない? 姿変わるたびに指紋も変わってるんじゃない?」

そう言うと、千歳は難しい顔になった。

『うーん……そうかも……』

「自分のスマホにアクセスされたくないなら、暗証番号でロックかけるやり方もあるから」

『うーん、いや、でも、ワシに指紋があるかだけは確かめておきたい……あ、お前の指紋認証できるようになったら、お前の格好になったワシで指紋認証できるかやりたい!』

千歳はわくわくな瞳で言った。

「俺!?」

いや、無理じゃないかな、千歳は目で見た俺の姿を再現できるけど、あくまで目で見た俺の格好だから指紋まではわからないだろうし……。うーん、でも、好奇心わくわくな千歳の目のきらめきをそう言って潰したくない……。

「うーんと、じゃ、ちょっと待って、俺の指紋覚えさせるまでもう少しかかるから」

そう言って、俺はスマホの指示通りに何度も画面をタッチして、親指と人差し指の指紋を登録した。

「よし、俺の指紋覚えさせた。右手の親指と人差指と、左手の親指を登録してあるから、千歳はそのうちのどれかでタッチして」

『よっしゃ』

千歳は俺の膝から降り、ボンと音を立てて、俺の姿になった。右手の人差し指で俺のスマホにタッチする。

一瞬後、スマホが震え、【指紋が一致しません】と表示された。千歳は右手の親指と左の親指も試したが、同じ結果だった。

千歳は子供の姿に戻って、『だめかあ』としょぼくれた。俺は慰めた。

「まあ、見た目はそっくりだけどね。俺の指紋までは知らないもんね千歳」

『ワシ、指紋ちゃんとないのかなあ?』

千歳は首を傾げた。

「うーん、他の姿なら指紋あるかもしれないから、他の姿で試してみたら? 千歳のスマホにも指紋覚えさせられるはずだし」

『でも、そしたら他の姿で指紋認証できないんだろ?』

「まあ、そう」

『……暗証番号式にする』

「そうだね」

『お前の新しいスマホ、もう使えるのか?』

「うん」

『じゃ、後で散歩の時、梅とか水仙とか沈丁花とかあるところ行こう! 撮る練習しよう!』

千歳は笑った。毎日の千歳との散歩で、俺は近所の花スポットをかなり把握している。

「うん、一緒に行こう」

まだ寒いが、日差しはどんどん春めいてきている。白梅も紅梅もきれいに咲いて、沈丁花も水仙も香りがよい。これから暖かくなれば、桜も咲き始める。

……梅と千歳のツーショット撮るのも、いいかもな。

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