婚約者だし押さえたい

朝日さんのことで峰伊吹さんから千歳にものすごくお詫びLINEが来たり、峰父子で直接謝りに来たり、峰朝日さんから謝罪文が届いたりして数日。

千歳へのお金の振込に支障なくなったので、緑さんが千歳の組紐の受取りに会いにきたいそうだ。で、今回の騒ぎがどう落ち着いたかの共有のために俺も同席してほしいらしい。

『南さんと佐和さんも来るってさ』

「じゃ、いつも会う喫茶店で会えませんかって言っといてくれない?」

そういう訳で、まだ寒いながら春を思わせる日差しの中、千歳と二人でいつもの個室のある喫茶店に赴いた。

緑さんは千歳の組紐を見て「完璧以上だわ!二本目以降もこんな感じでお願い!」と喜び、仕事を褒められて千歳も喜んだ。

それから、俺と千歳は、南さんと佐和さんにこないだ助力をお願いしたお礼をいい、今回の件についていろいろ話した。

佐和さんが無表情に言った。

「峰朝日が和泉さんにした話だと、和泉さんのお見合い相手にもう目星つけているということだったと思うのですが、目星つけられてた相手の一位が私、二位が南さんでして」

な、なんだって!?

俺は思わず聞いてしまった。

「じゃ、じゃあ朝日さんって、元婚約者をそんな扱いしたってことですか!?」

佐和さんは表情を変えずにうなずいた。

「はい。まあ、それはどうでもいいんですけど、ただ南さんは結婚するのが嫌で厳しい系の宗派で尼になった人なので、本当にひどいなと思います」

「ど、どうでもいいんですか!?」

南さんも大変だったのはわかるけど、まず自分のことじゃなくて!?

佐和さんは特に感情のない声で言った。

「私、結婚相手はそれなりであれば後はどうでもいいので。別にすごく結婚したいわけではありませんが、一生子供持たない家族も持たないはきついから、それなりの相手がいれば若いうちにしようかなと思ってるだけです」

ど、ドライ!

……いや、でも、積極的に結婚したいわけじゃないけど一生子供なし家族なしはいや、はわりとあるあるか……。「だから若いうちにさっさと結婚しよう」と思えるのはむしろ家族計画を真剣に考えててえらい、まである……。

『そうだよなあ、家のこと考えたら子供は早めに何人か作っときたいしなあ』

千歳はなんとなく業界のことがわかるみたいで、うんうんうなずいている。

緑さんもうんうんうなずいた。

「大変なことは早めに済ませて、その後自分の人生ゆっくり楽しみたいしねえ」

まあ、結婚も育児も大変だもんな、特に女の人は……。

南さんが微笑んだ。

「そういう訳で、私達も、和泉さんが朝日さんの企みを暴いてくれてとても感謝しているんです」

「そ、それはどうも」

まあ、結婚したくなくて尼になった人なら、自分の見合い潰してくれたらありがたいか。

「それでですね」

佐和さんがまた口を開いた。

「峰朝日がかき回したことは全てなしにしてもらうことになったので。私、当初の予定通り彼と入籍予定なんです」

「え、そうなんですか」

俺はかなりびっくりした。あんなことした朝日さん、佐和さん的にはそれなりを満たす相手なの!? 家とか血を残すとかを加味しても、ちょっとアレすぎない!?

佐和さんは言葉を続けた。

「で、峰朝日がまた暴走しないかどうか心配なんです。傾向と対策を練るために、和泉さんが鹿沼さんの力を借りて特定したXのアカウントを教えていただけないかと思いまして」

「え」

俺は固まった。なんでかと言うと、こないだ狭山さんに車で拾われて金谷家に行くときに、狭山さんにこう言われたからだ。

「朝日さんのアカウントの性的なアレについて、本人に「申し開きに来れば公表しない」って言ったんで、秘密にしておいてもらえませんか」

狭山さんはこう語っていた。

「僕は朝日さんのネットストーカーを問題にしたのであって、性的な癖を問題にしたいんじゃないんですよ。性的な癖は本人の自由だし、そういう自由を僕は大事にしたい派なので」

狭山さんの性的な癖だって割と自由だしな。俺は友達の真剣な意見は大事にしたいし、ていうか秘密にしてくれって頼まれてるんだし。言いたくない。

千歳も狭山さんの言うことは聞いていたので、言ってはいけないということはわかってるみたいなんだけど、どうしていいかもわからないらしく、俺と佐和さんを交互に見比べている。

俺は、自分の目が泳いでいる自覚はあったが、「すみません、言えません」と返事した。

「その……狭山さんの意向でして。狭山さん、朝日さんが今回の企みを認めたら、朝日さんのアカウントの詳細は秘密にする、と約束してるみたいなので。だから、私も言えません」

「彼のアカウント、犯罪行為に加担するようなことをしているのでしょうか?」

佐和さんは無表情なままだったが、ずいと身を乗り出してきた。う、うわー、だから心配だ教えろ、って言われたら嫌だ!

……いや、でも、犯罪行為ではないか。じゃあ、ちゃんとそう言おう。

「えーと、朝日さんのアカウントについて、狭山さんに関することはともかく、それ以外は犯罪の心配は全くありません。ただ、朝日さんが他の人に知られたくなさそうなプライベートが結構あるアカウントなので、私は朝日さんに逆恨みされたくありませんし、言えません」

こ、こう言っておけば引き下がってもらえるかな? 朝日さんの逆恨みの可能性まで出してきたのは、かなりずるい気もするけど。

佐和さんは、しばらく無表情で黙っていたが「……そういうことでしたら、仕方ありません」と引き下がってくれた。俺はホッとした。

その後は、緑さんから組紐の材料を追加で受け取って帰った。家で仕事して、お昼食べて、また仕事して。その日の仕事ノルマを何とか終えて、千歳とのんびり夕飯を食べてる最中に「あっ」と気づいた。

佐和さん、俺が鹿沼さんの力借りて朝日さんのアカウントだって特定したって知ってた。

……佐和さん、鹿沼さんに連絡取れば、朝日さんのアカウントわかっちゃうのでは!?

あわてて夕飯を済ませて鹿沼さんにLINEで聞いたら、時すでに遅く、鹿沼さんは佐和さんから連絡されて、裏垢メス男子というアカウント名を教えてしまったということだった。

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