相手の狙いがわからない 下
朝日さんは言葉を続けた。
「千歳さんにはぜひ峰家に来ていただきたいのです。そのための予算も場所も確保してあります。和泉さまに対しても援助しますし、今のお仕事に集中できる環境を整えます。もちろん、縁談も持っていけます」
伊吹さんは、いきなり強硬に主張する息子に戸惑っていたが、「その、千歳さんに峰家に来ていただけるなら、それはとてもありがたいです」と言った。父子の意思はまったく同じではないけれど、それほどずれてはいないらしい。
……これ、千歳が頷いたら、千歳の望み全部叶うよな。俺は結婚して子供作れるようになるし、千歳は家事からは開放されるし、そんなに大変じゃない仕事で不自由なく暮らせるし。
でも、この話は全部、千歳が峰家に行く前提みたいだ。千歳が頷いたら、千歳は俺のところから、いなくなっちゃう。
そう気づいて、俺は絶望的な気持ちになった。
千歳と俺の間には、なんの契約もない。約束ごとだってない。千歳は、千歳の気持ち次第で、いつだって俺のところからいなくなってしまえるんだ。
千歳がいなくなっちゃったら、どうしよう、俺、もう千歳なしじゃやってけないよ!
千歳も、なんとなく話の前提に気づいたらしい。朝日さんに、こう聞き返した。
『あのさあ、聞いてるとさ、ワシがそっちで暮らすのと引き換えに、こいつの援助とか縁談とか持ってきてくれるって感じだけど』
朝日さんは首肯した。
「そのように理解していただけますと、大変ありがたいです」
『うーん、ワシとこいつで、一緒にあんたんち行くんじゃダメか?』
「……私どもが来ていただきたいのは、千歳さんですね。和泉さまではありません」
『…………』
千歳は、難しい顔をした。朝日さんは、さらに千歳に話しかけた。
「千歳さんが和泉さまに働きかけたい、祟りたい場合は、私どもですべて代行しますから」
『…………』
千歳は、明確に渋い顔になり、眉にシワを寄せた。
『……いやだ。絶対いやだ』
「え」
朝日さんは目を見開いた。千歳は俺を指さした。
『こいつを祟るのはワシなんだ。ワシが直接祟るんだ。誰かにやらせたいわけじゃない、ワシが祟りたいんだ。あんたんちには行かない。こいつの縁談も他で探す』
千歳が明らかに悪感情を示したせいか、伊吹さんがあわてた。
「あ、あの! お嫌でしたら無理は言いません、ただ、千歳さんには今後も峰家と交流を持っていただきたくて!」
『護符とかは、買ってくれるなら作る。伊吹さんとなら友だちになってもいい。でも、峰家では暮らさない』
千歳は、きっぱり言い切った。
え、それって、じゃあ千歳は、そんなに好条件を蹴っても、俺のところにいてくれるの……?
「………」
朝日さんは黙り込んだ。伊吹さんは失点を取り返そうとする感じで、さらに千歳に話しかけた。
「そ、その、それでしたら、うちに来ていただかなくて構いませんので、もしうちがお願いしたら、うちの護符作成などにも協力していただけますか?」
『うん。難しい術式はあんま知らないけど、霊力込めるならたくさんできるぞ!』
「そ、それなら……それだけで、大変ありがたいです」
伊吹さんは胸をなでおろした。千歳は、伊吹さんに人懐こい笑顔を向けた。
『あのさあ、伊吹さんとは友だちになりたいから、LINE交換したい、ワシ』
「え、は、はい!」
伊吹さんはスマホを取り出した。千歳も制服のポケットからスマホを取り出す。
うーん、今回の話は大体まとまったと見ていいかな? 俺、出番なかったな……。
でも、一応自分のスタンスも言っておこう。俺は、伊吹さんがスマホと格闘しているのを見つつ、朝日さんに話しかけた。
「あの、私は別に裕福ではありませんが、暮らしていける程度には仕事ありますし、無理に今すぐ結婚しようとも思っていません。ですから、援助も縁談も頂く必要はありません。これまでみたいに、千歳と普通に暮らせれば、それだけで十分です。もし交流が金谷家ばかりに偏っていてよくないということでしたら、他の方と交流する機会もちゃんと持ちますので」
「…………」
朝日さんは、考え込む顔で片手で鼻と口を覆った。整った切れ長の目元が強調される。
「……?」
俺は違和感を覚えた。いや、これは既視感だ。なんか……この目元、見覚えあるぞ? え、朝日さんとは今回始めて会ったはずなんだけどな?
疑問を抱きつつ朝日さんを見ると、朝日さんは顔から手を外し「……お二人のお気持ちはわかりました」と言った。
「しかし、お二人には今後とも峰家とつながりを持っていただければと思います。それと、他のことはなしとしても、和泉さまの縁談については検討していただきたいのですが、それもどうしてもだめでしょうか?」
え、それこそ流れてほしかったんだけど!
うーん、お見合いするくらいは折れたほうがいいかな……でも、この人なんかしつこいから、変な借り作りたくないな……うーん、板挟みだ……。
考えた末、俺はこう返事した。
「その……今すぐ無理に結婚したい気持ちはないので。何年か経って、いい人見つけたくなったらお願いすることもあるかもしれませんが、今は結構です」
こんな感じなら、相手の顔そんなに潰さないだろ。
千歳は、結構楽しそうに伊吹さんとLINEをやり取りしていた。
『このスタンプ、かわいい!』
「娘が好きなスタンプでして……」
そんなこんなで会食はお開きとなり、俺達は店を出た。
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