番外編 子々孫々まで祟るから

峰家との話は最終的にいい感じにまとまったし、料理は結構うまかったし、ワシはまあまあ満足だった。

祟ってる奴に、「散歩がてら、歩いて帰らない?」と言われたので、うんと言って、二人で歩いている。

駅の近くの人通りが多いところを抜けてしばらく歩いて、人がいない路地に入って。少しして、祟ってる奴が口を開いた。

「ねえ、千歳、真面目に聞くんだけどさ」

『うん?』

「真面目な話なんだけどさ」

言葉のとおり、祟ってるやつは真剣な顔をしてる。

『何だ?』

「千歳はさ、すごく強くて、家宝級のお守り作れて、いろんな霊能力者の家で取り合いになるくらい、すごい怨霊じゃん?」

『そうだな』

「今回の話はさ、千歳は俺を祟る方がいいから断ったわけだけどさ」

祟ってる奴は、じっとワシを見た。

「もしさ、今後さ、他の家の人に、俺を祟るよりもっとずっと魅力的で好条件で、でも千歳単独で来てほしいって言われたら、どうする?」

『え……』

え、やだ。

さっきの話だけで、これ以上ない条件だったけど、やだった。

なんでかって言うと、ワシ、まだこいつにくっつきたいんだ。寝る時くっつきたいし、チルくなりたい時も割とくっつきたいんだ。でも、そんなにこいつにくっつきたがりなの他の人に知られるの恥ずかしいし、他の人がくっつかせてくれればいいって感じでもないんだ。

ワシ、もうしばらくでいいから、こいつにくっつける暮らしがいいんだ。

それ言うの恥ずかしいけど、でも、どうしよう、こいつ真面目に聞いてきてる、ちゃんと答えないと。

くっつきたいからって言うのは恥ずかしいけど、でも、ワシ一人でどっか行くのはやだってことは言わないと。

『いい条件でも行かない。お前のこと祟りたいから』

「本当?」

祟ってる奴は、なんだかすごく不安そうな顔だ。なんでそんなに心配そうな顔なんだよ、なんかワシまで不安になってくるだろ!

ワシは、不安を吹き飛ばそうと、虚勢を張るみたいにでかい声で言った。

『絶対行かないからな、お前がどんなに嫌がっても、ずっとお前につきまとって祟ってやるからな、何があっても子々孫々まで祟ってやるからな!』

もしこいつに嫌われたら、すごく悲しい。でも、それでもこいつにくっつきたい気持ちはなくならないと思う。くっついていいよって言われた時、嬉しかった気持ちは、なくならないと思う。

祟ってる奴は、驚いた顔になった。

「……じゃあ、じゃあさ」

祟ってる奴は、どう言っていいか迷うような仕草をして、しばらくためらうような感じだったけど、なんか意を決したような顔になって、ワシに言った。

「じゃあさ、千歳はずっと、俺と一緒にいてくれる?」

祟ってる奴は、ワシにすがるような目をしてた。え、もしかして、こいつ、ワシにいなくなってほしくないのか?

なーんだ、それなら嫌われる心配ないや!

『お前のそばにいなきゃ祟れないだろ! ずっとつきまとってやるからな!』

そう言って祟ってる奴の背中を叩いてやると、祟ってる奴は、目をまん丸くして、それからすごく嬉しそうに、勢い込んでワシに聞いてきた。

「本当? 本当にずっと、一緒にいてくれる?」

『いる、ずーっと祟ってやるからな』

「じゃあ、じゃあさ、俺がまた体壊して仕事できないとか、仕事なくなっちゃってなかなか稼げないとかでも、そばにいてくれる?」

『そういうもしもの時は、ワシが金出してやるって話になっただろ?』

「そうだけど、それでもそばにいてくれる?」

『そばにいなきゃ世話できないだろ』

「…………」

祟ってる奴は感極まったような顔になって、なぜか立ち止まってしまった。

『おい、どうした?』

「……ごめん、俺、最近涙腺ゆるくて……」

祟ってる奴は、ワシから顔を背けるようにうつむいて、目頭を押さえた。え、嘘だろ、こいつ泣いてるのか!? え、なんで!?

あっ、そうか、こいつ家族と仲悪くて、友達も最近までいなかったし、ずっと一人だったっけ! ワシがいなかったら、こいつ、すごく寂しいのか!

祟ってる奴は、目頭を押さえながら、なかなか顔を上げられないみたいだった。

「俺……俺、千歳はいきなり現れたから、いきなりいなくなっちゃっても全然おかしくないと思ってて……千歳はさ、いろんなところから引き合いあるから、俺を祟るなんてどうでも良くなっちゃっても全然おかしくないと思ってて……」

祟ってる奴は、袖口でぎゅーっと目を押さえた。ワシはびっくりしてあわてた。

『な、泣くなよ、大の男が!』

「れ、令和だし、男だからっていうの、時代遅れだし」

『そ、それはそうだけどさ!』

こいつに嫌われる心配ないのは嬉しいけど、ずっとそばにいるって言ったら嬉し泣きするほどとは思わないだろ!

『ティッシュとか、ハンカチとか、ないのか?』

前にワシが泣いた時、ティッシュくれたのは何だったんだよ!

「……忘れてた」

祟ってる奴は、肩掛け鞄からもたもたとタオルハンカチを出した。それで目元を何度か拭って、なんとかマシな顔になって、そして真剣な顔で「千歳」とワシに呼びかけた。

『なんだ』

「ありがとうね」

祟ってる奴は笑った。柔らかい、いい笑顔だった。

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