心配だけど追いきれない
狭山さんの『唐和開港綺譚』二巻の第一稿をチェックしたので、狭山さんとリモートで第二稿以降のための打ち合わせになった。でも、「こんにちは」と画面に映った狭山さんの顔色がなんかよくない。いつもより白い感じがする。
「お久しぶりです……あの、いきなりこんなこと聞いて申し訳ないですが、どこかお加減悪いですか?」
そう聞くと、狭山さんは「え、ぼく、そんなに明らかに変ですか……?」とへにょへにょにへこんでしまった。
「いや、僕、体調悪いわけではなくて…いや、なんでもないことはないんですけど……」
「何か、ありましたか?」
「ちょっと、その……あんまり大丈夫じゃないことがあって……」
狭山さんは、片手で顔を覆った。
「あの、すみません和泉さん、ことが落ち着いたら、どっかで話聞いてもらえませんか……?」
「それは全然構いませんけど」
俺は頷いた。狭山さんのこと心配だし、何があったか気になる。でも、一段落するまで話せないと言うなら、無理に聞き出すのはよくない。
「今日の打ち合わせどうします? 今大丈夫じゃないなら、どっかで仕切り直します?」
「いえ、奥さんに期日宣言しちゃったんで……仕事に熱中したほうがまだ気持ちまぎれますし、頑張ります」
狭山さんは、両手で両頬をパンパンと張った。
「そうですか、じゃ、やりますが、でも無理しないでください」
俺は第一稿の漢方的な細かい部分を指摘した。でも、ストーリー的に面白くなるのなら正確性に必ずしもこだわらないことになり、必要なら俺がコラムで注釈をいれることにして話をまとめた。
「じゃ、話はいつでも聞きますから。無理しないでください」
「ありがとうございます……」
狭山さんは、かなりしょんぼりした顔だった。
千歳は、打ち合わせを邪魔しないように、俺の正面で静かに組紐づくりに勤しんでいたのだが、俺が打ち合わせを終えるとすぐ『狭山先生どっか悪いのか? 大丈夫か?』と心配そうに聞いてきた。
「うーん、体調が悪いんじゃないみたいけど、なんか困ったことがあったのは確かだね。仕事に集中できるみたいだから、仕事関連ではないと思うけど」
『また、あの厄介なファンになにかされたのかなあ?』
千歳は不安げに首を傾げた。
「その可能性もあるけど、狭山さんとしては、ことが落ち着かないと話せないみたいだからね……。俺ができるのは、狭山さんが話せるようになった時、ちゃんと話を聞いてあげることくらいだよ」
『それは……そうなんだけどさ』
千歳は口を尖らせた。
『なんか心配なこと増えちゃったなあ、峰家の話もうまくいくのか心配だし』
「ん? 千歳、心配だったの?」
峰家が持ってきてくれるであろうお見合いについて、千歳は大歓迎だと思ってたけど。
『あ、いや、なんていうかその……いい女との縁談かどうかまだわからんだろ? その辺だ、その辺』
千歳は、なんかあせあせと言った。
「まあ、あっちは「お二人の生活を良くするために」しか言ってないから、他にどんな話があるかもよくわかんないよね」
峰家との話し合いは、駅ビルがある方の駅の近くの、懐石料理屋でするということになった。多分いい料理が出るんだと思うけど、俺、おいしく味わえる心境じゃないだろうな。
どんな話があるか不安というのもあるけど、俺、千歳と食べる普通のご飯のほうが、安心しておいしく味わえる気がする。
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