大事にされて暮らしたい
千歳が作ってくれたイワシの梅煮や揚げない唐揚げをつつきながら、おっくんとまだまだおしゃべりした。十二歳から二十九歳なんて、別人に変わっててもおかしくないわけだけど、なんか、おっくんとは全然気兼ねなく話せて、これからも仲良くやっていけそうな予感がある。
お互いの仕事の話から、狭山さんの話に移った。
「狭山先生の本さ、面白いだろ!?」
「うん、面白い」
俺はうなずいた。おっくんは学生の頃からWeb小説のスコッパーをずっとやってたそうで、目をつけていた狭山さんがデビューして売れたのがすごく嬉しいそうだ。もちろん、担当につけたことも。
「千歳もさ、狭山さんの小説すごく好きなんだよ」
俺は千歳を指さした。千歳は笑顔になった。
『うん、てんころ全部買った! 漫画版も買ったんだ、唐和開港綺譚も発売日に買う!』
おっくんは笑った。
「そりゃありがとうございます、でもゆっちゃんにも献本する予定なんだけどな」
『でも、買わないと狭山先生、儲からないんだろ?』
「まあ、そうですね、買ってくれると僕も嬉しいです」
おっくんはうなずいた。俺はついでに言った。
「で、俺は、狭山さんの書いた白折玄の三次元アバター戦記の外伝を電書で買ったから、うちは狭山さんの本コンプリートなわけ」
「えっ買ってくれたの!? あれも俺担当なんだよ!」
「え、そうなの!?」
それは知らなかった。
千歳がから揚げを頬張って、言った。
『しかし、仲直りできてよかったなあ。こいつさ、友達いないから、なるたけ友達作ってほしかったんだ』
千歳は、おっくんを見ながら俺をつつく。俺は苦笑して、おっくんに説明した。
「あのさ、千歳は俺に結婚して子供作って欲しいんだけどさ、友達経由で女の人紹介してもらうほうが確かだっていうことで、俺に友達できると嬉しいみたいなんだ」
「そんな、風が吹けば桶屋が儲かるみたいな……いや、でもすみません千歳さん、僕は役に立てそうにないですね……」
おっくんは微妙な顔をした。
『えー』
千歳は意外そうな声をあげた。
『東大出の出版社勤務なんて、モテそうなのに』
「それがですね、中高を男子校で過ごすとですね……仕事以外で女性と知り合って連絡を取り合う仲になるやり方がわからないんですよ……」
おっくんは遠い目で言った。
『そうなのか?』
千歳は不思議そうだった。多分オックンの意味するところがよくわかってない。でも、そう言えば、男子校出身は共学出身よりはっきりと結婚率下がるって聞いたことあるな……。
おっくんは、俺の肩をぽんと叩いた。
「だからさ、俺より、共学だったゆっちゃんの方がまだ彼女作りやすいと思うよ? がんばんなよ」
「そうかなあ、家仕事だと出会いからしてないからハードモードなんだけど」
「マッチングアプリあるじゃん?」
「あるけど、零細Webライターってカードは弱すぎるんだよな……」
それからもなんだかんだ話して夕飯を食べ終わり、食後のお茶など飲みつつまだ話した。話は尽きなかったが、さすがにおっくんはもう帰らないと明日の仕事がまずいらしい。
千歳が提案した。
『まだ話足りないならさ、駅まで一緒に行ったらどうだ? 皿洗うの、今日はワシやるからさ』
「できたら、歩きながらでももうちょっと話したいな」
おっくんもそう言うので、俺は千歳にお礼を言っておっくんを送ることにした。
夜道を歩きながら、おっくんは言った。
「さっきも言ったけど、今日はごちそうさま。すごくおいしかったって千歳さんに言っといてよ」
「うん、伝えとく」
「千歳さんがご飯担当なの?」
「そう、千歳的には俺にまともなもの食べさせて健康にさせて稼がせて結婚させたいから、毎日本当にいろいろ作ってくれるんだ」
「へえー」
「ご飯だけじゃなくてさ、家事のの大半お願いしちゃってるんだよね。もう頭上がんないよ」
「本当に祟られてるの?」
おっくんはおかしそうに笑う。俺も笑った。
「千歳的には、祟ってるつもりらしいよ」
「うーん、でもさあ」
おっくんは首を傾げた。
「千歳さんはゆっちゃんに結婚してほしいわけだけどさ、ゆっちゃん的にはさ、あんなにいろいろやってくれて、すごく大事にしてくれる子がもういてさ、結婚する気、起きるの?」
俺は苦笑した。
「……実は、あんまり起きない」
おっくんは吹き出した。
「だよねえ、どうすんの?」
「まあ、その、実際問題として、結婚が現実的になるくらい稼げてるわけじゃないから、しばらくは稼ぐ方に集中させてねって言ってある」
「うーん、まあ、お金は大事だけど」
「……まあ、でも、千歳の望みなら叶えてあげなきゃとは思ってるから、仕事は本当に頑張る予定。コラムの方もしっかりやるから」
「うん、よろしく」
駅でおっくんと別れた。
……そう、今の生活、すごく満たされていて、今の生活が続いたらいいなって思っている。あえて結婚したいって気持ち、全然起きないんだよな。
でも、俺が子供作ることが千歳の望みなわけだからな……少なくとも、仕事して稼ぐのは頑張らなきゃな……。
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