今までの分話したい
おっくんが何言ってるか、一瞬理解が遅れた。え、そんな、許すみたいなことなんで言ってくれるの、そんな俺に都合のいいことある?
おっくんは、真剣な顔でさらに言葉を続けた。
「小学生に言われて道踏み外すような大人はさ、元からろくでもないんだよ。ゆっちゃんが何もしなくても、あの人はどっかでおかしくなってたよ。それに、小学生なんて親の意向に逆らえないよ、俺なんて二十九歳の今でも親の意向はっきり断れないよ、今、大人になって、よくない親とはっきり決別して、告発まで出来てるゆっちゃんは、えらいと思うんだ、俺」
俺は、思わず聞いてしまった。
「……どうして、そこまで言ってくれるの?」
すると、おっくんは少し逡巡するような顔を見せたが、言った。
「……だってさ、狭山先生から無理やり聞き出したんだけどさ、ゆっちゃん、俺が絶交するって言ってから、友達作るのやめちゃって、十七年も友達いなかったって聞いて、今言ったことは絶対伝えないとと思ってさ……」
「………」
びっくりして言葉をなくしてしまった。確かに狭山さんにそういう事は言ったけど、それを聞いて会いに来てくれたの?
おっくんは、もう一度言った。
「だから、その、今は全然恨んでないんだよ、本当だよ」
「…………」
本気で言ってる。この事を言うために、会いに来てくれたんだ。俺、ずっとずっとおっくんに絶交されたことを忘れてなくて、おっくんにしてしまったことで自分の人生を規定してしまったところがあるけど、おっくんは、もうそんなことしなくていいって言いに来てくれたんだ。
わざわざ、言いに来てくれたんだ。
不意に視界が潤んだ。俺は、自分が涙ぐんでいることに気づいた。
「ご、ごめん、びっくりして……」
あわてて目頭を押さえるが、どうしよう、おさまらない。
おっくんの動揺した声がした。
「ご、ごめん、泣かすつもり無かったんだけど!」
台所で作業していた千歳(女子中学生のすがた)が、さっとこっちに来たようだ。
『おい、泣くほど嬉しいのか、仲直りできてよかったな!』
千歳がティッシュの箱を持ってきてくれたので、ありがたく使わせてもらった。
「ごめん、ありがとう……」
俺はティッシュで強く目頭を押さえてなんとか涙を止めて、顔を上げて、おっくんを見た。
「……会いに来てくれてありがとう、おっくん、本当に、ありがとう」
おっくんは、少し照れた顔をした。
「いや、あの、俺も、会いに来てよかったよ」
千歳が、俺とおっくんを見比べて言った。
『コーヒー冷めちゃっただろ、淹れ直してくる。よかったらケーキも食べて欲しい!』
「あ、すみません……」
おっくんは頭を下げた。そう言えば、コーヒーにもケーキにもほとんど手を付けてなかった。おっくんがどう出るかで緊張しててそれどころじゃなかったからな……。
千歳がすぐコーヒーを淹れ直してきてくれたので(お客さん用ということでドリップバッグながら豆で入れたやつだ)、おっくんと二人でコーヒー飲みつつケーキつつきつつ、なんとなく近況報告になった。
ここに来るまでのおっくんの話を聞いて、俺は驚いた。
「え、何、千歳が怨霊だってこと聞いてるの!?」
「あ、うん、その、いろいろ聞いた。子々孫々まで祟られてるんだって?」
おっくんはうなずいた。
「普通信じてもらえない話だと思うけど、よく飲み込めたね?」
「あー、なんていうかその……不思議な人には昔あったことが会ってさ。痛いのを抜いてくれる、九ちゃんさんって言う、きれいな女の人が狐かわかんない人によくしてもらったことがあって」
「え、九さんのこと知ってるの!?」
おっくんの話もいろいろ聞いた。小学校の頃から、父親に東大に入れとプレッシャーかけられてたおっくんは、やっぱり苦労したらしい。父親の東大入れプレッシャーになんとか答えて、私立の中高一貫に入り、東大現役合格したはいいが、その先の政治家になれというプレッシャーに答えられなかったらしい。それで、東大合格直後に家出したそうだ。父親からのプレッシャーと受験のストレスで、ずっと頭が割れるように痛かったのを、偶然九さんに出会って、頭痛を抜いてもらったとか。
俺も、中学から今までの事をいろいろ話した。おっくんは、狭山さんからある程度俺のことを聞いてたみたいだが、知らないこともたくさんあって、ブラック企業から今に至るまでを話したら「本当に苦労したんだね……」と言われてしまった。
そんなこんなを話しながら、ケーキを食べ終わり、コーヒーも飲み終わってしまった。でも、どうしよう、本当はもっとおっくんと話したいな。
おっくんもなんだか、もっと話したそうだった。
「あの……会社には直帰って言ってあるから、時間に余裕あるからさ、できればもうちょっと話せたら嬉しいんだけど、ゆっちゃんはこの後用事ある?」
「あ、いや、大丈夫! 今日午後全部開けてあるから!」
そんな事を話してると、千歳が台所からまた来てこちらに声をかけてきた。
『あのさー、そういうことならさ、奥さん、よかったら夕飯食べてかないか? 今からなら三人分作れる』
おっくんは目を丸くした。
「え、そんな、ごちそうになっちゃっていいんですか?」
千歳は自信ありげに笑い、ドンと胸を叩いた。
『大丈夫だ! 腕振るうぞ! なんか食べれないものとかあるか?』
俺はおっくんを見た。
「おっくん、まだシイタケ苦手?」
小学校の給食、シイタケが出ると、いつも俺がおっくんのシイタケ引き受けてたんだよな。
おっくんは苦笑いした。
「……今も無理」
千歳は笑った。
『シイタケはないから大丈夫だ! じゃ、作るな! あ、奥さん、飲み物お代わりするか?』
「あ、ありがとうございます」
『じゃカップ持ってくな』
千歳は俺のカップも手に取り、いたずらっぽい顔で俺を見た。
『お前はコーヒー一日二杯までだから、おかわりは紅茶だ』
俺は苦笑した。
「ごめん、ありがとう」
『じゃあ淹れてくるな』
千歳は台所に行ってしまった。おっくんが聞いてきた。
「なに、ゆっちゃんコーヒー飲み過ぎちゃダメなの?」
「あー、ちょっとね、飲み過ぎると腹具合によくないって病院で言われてて」
「へー」
おっくんは感心したように言った。
「千歳さん、それでわざわざ別に紅茶入れてくれるんだ? 本当に祟られてるの?」
俺は、てらいなく笑った。
「もうね、こんなんなら一生祟られてたいね」
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