番外編 奥武蔵の覚悟
『へー、じゃあの銀狐と知り合いだったんだ』
「高校の時に、ちょっと助けてもらいまして……」
怨霊は千歳と名乗り、中学生くらいのかわいい女の子になって、『家まで行こう』と誘ってくるのでついて行っている。九ちゃんさんは「我が主人に報告してくる」とどこかへ消えてしまった。
「ていうか、その、千歳さん、女の子だったんですね」
言葉使い的に男だと思ってた。
すると、千歳さんは首を横に振った。
『いや、別に女じゃないぞ、男でもないけど』
「へ?」
『どっちでもないんだ、姿だけなら男にも女にもなれるけど。ほら』
千歳さんはボンと音を立てて、くるくる姿を変えた。僕に負けず劣らずゴツく、それでいて強面の男性、幼稚園くらいの小さな子、二十歳になるかならないかくらいのイケメン、そのイケメンと顔も年格好もそっくりな女の子。
最後に中学生の女の子に戻って、千歳さんは言った。
『あと、別に子供じゃないからなワシ。江戸時代生まれだし、戸籍でも成年済みだし!』
「戸籍あるんです!?」
『除霊の仕事もたまにしてるぞ』
「け、堅実に暮らしてらっしゃる……」
戸籍あって仕事してるって、怨霊なのか本当に……人間社会に溶け込み過ぎでは……。
そんなこんなでカメリア荘に着いた。千歳さんは迷いなく一階の角部屋の玄関まで行き、ドアを開けた。
『ただいまー! そこで奥さんと会ったぞ!』
すると、部屋の奥から誰かすっ飛んできた。
「千歳!? え、どういうこと!?」
顔を出したのは、痩せ型の中背の男性。十二歳のひょろい少年がそのまま大きくなった見た目だ、面影がある。
「こ、こんにちは」
仕事モードになっていいか友達モードになっていいかわからず、とりあえず無難に挨拶をする。
「こ、こんにちは……」
ゆっちゃんもあいさつし返したが、目がかなり動揺している。多分あっちも仕事モードか友達モードか迷っている。
なんとなく沈黙が流れたのを、千歳さんが破った。
『なー、とりあえずあがってほしい! ケーキあるんだ、紅茶とコーヒー好きな方淹れるぞ!』
言われて気付いたような顔になったゆっちゃんはあわてたように言った。
「と、とりあえずどうぞ、大したおもてなしもできませんが」
「す、すみません上がらせていただきます、まず仕事の話しさせてください、その後にちょっと別でお話させてください」
『コーヒーと紅茶どっちがいい?』
「コーヒーだとありがたいです」
このご時世なので洗面所を借りて手洗いうがいをさせてもらい、洗面所から出ると、ゆっちゃんにメインの部屋らしき部屋のテーブルに案内された。
「その、とりあえずこちらにどうぞ。足崩してくださって全然構いませんので」
「あ、すみません、失礼します」
コーヒーのいい香りがして、千歳さんがコーヒーカップとチョコレートケーキの乗ったお皿を運んできた。
『どーぞ!』
笑顔で配膳される。
「ありがとうございます、すみません」
千歳さんはにこにこしているのだが、ゆっちゃんは緊張の面持ちのままだ。さっき俺が言ったことから、個人的な話も仕事の話の後にちゃんとあるとわかっているのだろう。
……さっさと仕事の話済まそう。それで、俺の今の気持ちをちゃんと言おう。
礼儀としてコーヒーを一口飲んで、それから「まず仕事の話をさせてください」と言った。
「は、はい、よろしくお願いします」
それから仕事の話を少しした。メールでも言ってあるのだが、唐和開港綺譚のコラムの参考文献と引用文献にうちの会社の本を使ってほしい、という話だ。タイアップができるかどうかは唐和開港綺譚の売り上げ次第なのだが、今から種を仕込んでおいて悪いことはない。
「本の現物はこれです」
俺はカバンから本十一冊をドサッと出した。
「全部お譲りします、できれば全部参考文献か引用文献に使ってほしいです」
「……ちょっと今、各本の目次と参考図書チェックしてもよろしいですか? それによって使えるかどうか、この場でお返事できると思うので」
完全に仕事モードの真剣な顔になったゆっちゃんは、本を手に取りながら言った。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
そして、ゆっちゃんはすごい勢いですべての本をチェックしていく。
……小学校の頃と同じだな、すごく本を読むのが早い。ゆっちゃんが今文章を扱う仕事に付いてるって聞いて、向いてるんじゃないか、と思ったの、そんなに間違いじゃないと思う。
すぐに全部見終わって、ゆっちゃんは言った。
「全部参考文献か引用文献に使えると思います。こちらで参考文献に使おうと思ってた専門書がいくつがあるんですが、その本を種本に使ってる本ばかりなので」
「ああ、なるほど」
それなら確かに使えるな。ていうか、複数の本に種本に使われる専門書を知ってて、種本かもって思い当たれて、各本の参考文献チェックして最短で行ったのか、できるな、ゆっちゃん。
「できれば参考文献に、使おうと思ってた専門書も載せていただきたいんですが可能ですか?」
ゆっちゃんは重ねて言った。
「大丈夫です、巻末にまとめての記載になるかもしれませんが」
「医学論文も引用文献に使いたいんですが」
「ぜんぜん大丈夫です」
「なら、こちらは全く問題ありません」
「あ、はい、こちらも問題ありません」
……仕事の話終わっちゃったな、どうしよう。
ゆっちゃんもそう思ったらしくて、さっきまでの仕事の顔がどっかいって、緊張しつつ探るような目で俺を見ている。
……頑張れ俺! 腹をくくれ!
「あの……別の話の方に移らせてもらいたく……」
そういうと、ゆっちゃんは覚悟を決めた顔になった。
「……よろしくお願いします」
俺は大きく深呼吸し、そして、小学校の時の呼び名で読んだ。
「……ゆっちゃん」
「……!」
ゆっちゃんは、ドキッとしたような顔をした。
「……小学校のときは恨んだけどさ、大人にになってからはさ、恨んでないんだよ、全然。恨めないよ。ゆっちゃんはさ、大人になって、親と決別できて、すごくよくやってると思うんだよ、俺」
言った。俺は、言うべきことを言った。
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