番外編 奥武蔵の驚愕

真っ黒い一反木綿(やや厚みはあるようだが)はこちらを見て『え、銀狐!?』と目を丸くした。

『なんでここにいるんだ!?』

「嫌でも気づくわ、こんな大仰な結界作りおって!」

九ちゃんさんは眉を吊り上げた。真っ黒い一反木綿はあからさまに肩を落とした。いや、一反木綿の肩なんてどこだって話だが、あからさまにしょんぼりした。

『こっそりやるつもりだったのに……』

しょぼくれてから、顔を上げた黒い一反木綿(怨霊)は、俺に目を留めた。

『そこの人誰だ?』

「あ、ええと……」

名乗ろうとしたら、九ちゃんさんにそっと制された。

「カメリア荘に行く予定の人でな、何かあってはいかんから、妾がついてきた」

そして、九ちゃんさんは大きくため息を付いた。

「どうも和泉豊を守るための結界らしいが、和泉はこの結界の事了解しとるのか?」

ゆっちゃん!? え、なんでゆっちゃんがこんな怨霊に守られてるの!?

怨霊は首を横に振った。

『あいつは何にも知らない。ワシ、秘密で張った』

「まあ、知ってたら止めるだろうからのう、あの男は……。なにか危ないことでもあったのか? 和泉豊を狙う悪人でもいるのか?」

『危ないっていうか、あいつが小学生の頃絶交された友達が、これまでずっとやってた仕事の取引先の担当ってつい最近わかって、その友達が参考書籍渡すって言ってうちに会いに来るんだ』

俺のことじゃん! 何!? ゆっちゃん怨霊に祟られてるの!?

「それはまた、えらく気まずいのう」

『で、その友達が純粋に仕事で会いに来るのかわからない、自分が悪かったからまだ恨みがあるんじゃないかって、あいつすごく心配してて、だから、ワシ、その友達があいつに悪いこと考えてたら道に迷うようにしたんだ!』

「このアホ!」

九ちゃんさんは怨霊の頭をはたいた。

「当事者同士の話し合いで解決させるんじゃ、そういうことは!」

『だって心配だったんだ!』

怨霊は、叩かれたところを押さえてむくれた。

……えーと、つまり、ゆっちゃんはこの怨霊に祟られてて……。あ、そうか、祟ってる怨霊が、ゆっちゃんの同居人なのか!

そりゃ、こんなに心配してくれる人が一緒に住んでくれたら、情も湧くだろうな、と思うけど……。

俺は、思い切って片手を挙げた。

「あ、あのですね、その友達僕です、僕が奥武蔵です」

『ええっ』

宙に浮いていた怨霊は、そこからさらに飛び上がった。

『えっえっ、結界機能してるよな、じゃああんた、別にあいつに悪いことなんにも考えてないのか!?』

「悪いことなんて何も考えてないですよ、そりゃ仕事以外にも個人的に話ししたくて会いに来ましたけど、別に傷つけるような内容じゃないはずです」

多分そう、傷つける内容じゃない。俺は、しこりとわだかまりを解くために、ゆっちゃんに会いに来た。

『本当か!? あいつと仲良くしてくれるか!? またあいつと友だちになってくれるか!?』

「いや、その、それはゆっちゃんのほうがどうかによるというか……」

あんまり怨霊が迫るので、しどろもどろで答える。

『早く家まで来てくれ! お茶とお菓子用意してあるから!』

怨霊は、俺の背中に回って背中をグイグイ押してきた。

九ちゃんさんがまたため息を付いた。

「……結界が消えたのう。依代も何もなしにここまで広範囲の結界を作るとは……神格が上がっておる、本当に」

そして、九ちゃんさんは俺の肩を叩いた。

「とりあえず、もう何も心配ない。会いに行ってやれ、和泉豊に」

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