番外編 奥武蔵の道中

横浜市の端っこ、山の近くの住宅街にバスで向かいながら、若干後悔する。

……ゆっちゃんの家まで会いに行くって言ったの言い過ぎだったかなあ、でも直接会って言いたかったんだよなあ。

今、恨んでいないということを。

バスを降りて、Google Mapでゆっちゃんちまでの道順をもう一度確認し、山の方向の住宅街に入る。まだ下校時刻でもない住宅街は、静かで、人通りが全くない。

「……?」

横断歩道を渡った時、違和感を覚えて首を傾げた。なんか空間が揺らいだような感覚がした。変だな、めまいかな、疲れてるのかな?

少し立ち止まって、体調に問題はないことを確認する。ついでにもう一度Google Mapで道順を確認する。うーん、気のせいなら、行くか! 

先を急ごうとすると、「もし、そこの方」と声がした。

振り向くと、銀色の狐がそこにいた。

「もしカメリア荘に行かれるなら、妾も同行したいのじゃが」

狐が喋った!?

て、てか、カメリア荘って、ゆっちゃんちのアパートの名前なんだけど!!

「ど、どどど、どちらさま……」

「ああ、すまぬ、この姿で声をかけたほうが話が早そうだったでのう。ちゃんと人間の姿になるから」

銀狐は、ボンと音を立てて、白銀の髪の、えらくきれいな女性になった。

「カメリア荘を中心に、普段通らない人間で害意を持っている人間が、迷わされる結界が貼られておる。そんな芸当ができる怨霊に心当たりがあってのう。さきほどカメリア荘までの道を調べていたお主に、声を掛けさせてもらったのじゃ」

話が頭に入らない。

その顔を忘れるわけがない。俺が東大合格後、家出した時に会って、俺の頭痛を抜いてくれたお姉さん!

「あ、あの! 俺のこと覚えてませんか!?」

「ん? 妾、お主と会ったことがあるか?」

「奥武蔵です! 十一年前に頭痛抜いてくれたじゃないですか! しばらく家にいさせてくれたじゃないですか!」

「え? あ、あの少年かお主!?」

お姉さんは目を丸くした。

「なんか……一回り大きくなっとらんか?」

「あの後筋トレに目覚めまして」

「変わるもんじゃなー……」

お姉さんは自分を九ちゃんと名のり、歩きながらもう一度いろいろ説明してくれた。自分は神に使える九尾の狐であるということ。カメリア荘には怨霊に祟られた男が住んでいて、その怨霊が多分結界を張っているらしいということ。

「お主は特に害意はないようだから、入った時に違和感がある程度で済んだようじゃが」

「なんでそんな結界を?」

「わからん。話を聞こうと怨霊本人を探しているところでな。しかしどうも……怨霊に対してではなくて、祟られてる男に対しての害意に反応するようじゃ」

「へえ、でも、なんで、祟ってる相手を守るみたいなことするんです?」

九ちゃんさんは苦笑した。

「ああ、まあ、あの二人も複雑での」

九ちゃんさんは話してくれた。怨霊はその男を子々孫々まで祟ろうとしたが、その男が体壊してたり仕事うまく行ってなかったりで「自分で末代だ」と言ったので、怨霊は困ってしまったのだそうだ。で、その男と同居してあれこれ世話して、なんとか子孫を作らせようとしてるらしい。

「男の方も怨霊がしてくれる世話に感謝してるようでの、ずいぶん怨霊を大事にしておる。この間は、身を挺して怨霊をかばうようなことをしたからな」

「へえー」

一人暮らしで体調崩すのは心細いし、そんな時に世話してくれる人がいたらそりゃ情も湧くかも、とは思うが、祟ってくる相手をそんなに大事に……いやでも実害は今のところまったくないわけだからな……世話してくれる人が突然ポップアップしてるのが実態だからな……うーん、たしかに複雑な仲かも……。

「……!!」

突如、九ちゃんさんの顔が険しくなった。

「いた、何をしとるんじゃ、千歳!」

角を曲がって、カメリア荘のある方向、なだらかな坂の上。

一反木綿を真っ黒くして毛羽立たせたような何かが、空中に浮いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る