番外編 奥武蔵の憂鬱
メール送っちゃった。ついに送っちゃった。ついに俺の名前、ゆっちゃんに送っちゃった。
俺はため息を付いた。なんでこんな事になったかなあ。
こんな風に再会してめちゃくちゃ気まずいけど、俺別に今はゆっちゃんのこと恨んでないんだよ。
母親のことで、当時は恨んだよ、すごく。
でも、大人になって思う。
小学生に言われて道踏み外すような大人、つまり母親は、ゆっちゃんに勧誘されなくてもどっかで道踏み外してたんだよ。
それに、ゆっちゃんはゆっちゃんのお母さんに強要されて俺の母親を勧誘したわけだけど、小学生が親の意向になんて逆らえないよ。
ゆっちゃんが、大人になってああいう親と決別して、同居人にも恵まれて、元気にやってるって聞いて、一番にあったのは嬉しいって感情だったんだよ。
「……そういうことを言えばいいんだよな! できたら苦労しない!」
小さく毒づくと、隣の席の先輩が横目でこちらを見た。
「どうしたの」
「あっ、すみません、何でもありません」
俺は縮こまった。平均より体がでかいので苦労を伴った。
……ゆっちゃんの近況を知ったのは、担当の作家のTwitter(現X)だ。ゆっちゃんが両親と離れ、糾弾する立場だということをその時知った。
すごく驚いたけど、大好きだった友達が、長じてちゃんとした人間になっていてくれて、嬉しいようなホッとするような気持ちがあった。
それでも、ゆっちゃんとまた関わることはないと思っていた。担当の作家と新作の企画書を作っていて「制作協力で入れて欲しい人がいるんですよ。和泉豊さんって言うんです」という言葉を聞くまで。
全力で平静を装ったから、狭山先生には何もバレていないと思う。俺は顔には何も出さず、担当編集としてするべき仕事をすべてした。
第一稿があがってきた時、ひっくり返るかと思った。これ、主人公の桂花の境遇、かなりゆっちゃんを引き写してるじゃん!
とりあえず、何も気づかなかったふりをして初読感想を狭山先生に送って、その時にふと思いついたことを言った。
「主人公の桂花、人当たり良くて人を気遣うのもすごくできるのに、友達いないの、ちょっと不自然かもしれませんね」
「あ、うわ、すみません、モデルに引きずられました、説明エピソード追加します」
「モデル?」
「あー、その、まあ、和泉さんなんですけど……」
狭山先生はなんだか言いにくいらしくモゴモゴいうので説得して聞き出し、そして俺は頭を抱えることになった。
俺じゃん! ゆっちゃんが友達作らなくなった原因俺じゃん! 何!? ゆっちゃん、俺のせいで十七年も友達作らなかったの!?
なんかもう心が痛い。親の意向に逆らえなくて当たり前じゃん、小学生なんて。俺なんて二十九の今でも父親の「できれば政界に来い」をきっぱり断れないのに。まあ、インチキエセ医療にどっぷりの母親からのプレッシャーと、政治家一族のサラブレッドで本人も政治屋で生きてる父親からのプレッシャーとじゃ、同じとは言えないけどさ。
……精神的にもろくて、常に自信が持てていなかった母親。息子を東大に入れろという父親の強い要請に疲れて、自分を支えてくれるものが欲しかったのは分かる。でも、それで、標準医療に逆張りすることで自分に優越感を生む方向のインチキエセ医療に飛びつくの、大人としてどうなんだよ!
まあ、東大合格後に、限界になった俺が十日間行方不明になったので、父親はかなり反省したらしいけどさ。
あの時俺の頭痛抜いてくれた白銀の髪のお姉さん、本当に誰だったんだろう。
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