それでもあなたをかばいたい

腰が抜けるかと思うくらい驚いた。紫袴で白銀の髪の女性が、いつのまにかうちの和室に立っていた。

「ど、どっから入ってきたんですか!?」

「玄関から入れたぞ。妾は化け狐でもあるからの、蟻が通れる隙間があれば入れるんじゃ」

『いつ来たんだ!?』

「お前が泣く少し前からおったぞ?」

今のやり取り聞かれてたの!?

いや、でも、俺が本当に千歳をかばいたくてやったんだってこと、聞いてて九さんもわかっただろうから……。

俺は、必死で上半身を起こした。千歳は、俺と九さんを交互に見て、頬に涙を残しながらどうしていいか分からない顔になっている。そんな千歳の前に、俺はまだ震える腕を伸ばして、九さんの前に出るようにした。

九さんが来たってことはまた千歳に何かしたいのかもしれない、俺は体動かせなくてさっきみたいなことはもうできない、でも口は動く!

「九さん、あの、九さんが千歳を罰したいと思うのは自然だと思います、千歳は五十人以上殺したってこと、私は知っています、でも私は千歳がいなきゃ生きてたかもわからないんです、そりゃ一人と五十人以上じゃ全然比較にならないのはわかってますけど、一人は本当に助けたんですから、せめてその分は情状酌量してください」

必死で口を動かし、ものすごくしんどかったが、まだ足りないと思って俺は言葉を続けた。

「千歳、他にも人助けしてきたんです、友達のおばさんが暴走トラックに突っ込まれそうな時にトラックの方跳ね飛ばしたり、何十人も人さらった悪霊捕まえてバラバラに引きちぎって中にいた人たち助けたり、千歳が助けてなかったら死人出てたかも知れないんです、どうかその辺も考慮してもらえませんか、お願いです」

「…………」

しかめっ面をする九さんと、おろおろする千歳。九さんは、やがてため息をついた。

「その怨霊に何かしようにも、もうできんわ。さっきは千載一遇のチャンスだったが、お主のせいでふいにしたんでの」

「え、そうなんですか?」

「この怨霊の力を削ぐためにいろいろ準備したのがあそこだったんじゃ、それなのにもう……。お主のような馬鹿がいるとは、本当に予想できんわ」

千歳は、涙を拭ってから、肩を落として言った。

『あのさあ、ワシが痛くなったらあんたの気が済むんなら、痛くなるからさあ、こいつのことはほっといてくれよ、休ませてやってくれよ……』

九さんは鼻を鳴らした。

「お前も本当に馬鹿じゃな。お前、この男が体張ってかばってたのを、無駄にするのか?」

『……そういうんじゃないけど、悪いのはワシでこいつ全然悪くないし、だから、痛い思いしなきゃいけないのワシだから……』

……ん? 九さんは俺が千歳をかばったのを無駄にしないでくれるってこと? え?

九さんは千歳から視線を外し、俺を見た。

「しかし、お主だいぶ顔色悪いのう。まだきついか?」

え、俺そんなに見た感じ悪いの……?

「あー、その……持病があって、最近は良くなってたんですが、さっきのショックでぶり返しちゃって……」

「持病?」

『えっ、自律神経また狂っちゃったのか!?』

千歳が飛び上がった。

「あっごめん言ってなくて……えっと、その、自律神経失調症って言うんですが、九さんはご存じです? なんていうか、活動するための神経と休むための神経がうまく切り替わらなくなっちゃって、寝てても動悸したり熱出たりして……」

「はあー?」

九さんは呆れた顔になった。

「お主、そんな体悪いのにあんな無茶をしたのか?」

「いやその、ここしばらくは良くなってたので……」

「じゃあ、仕方ない、休むための体にしてやろうかの」

「え?」

俺が何か言うまもなく、九さんは俺に手をかざした。とたんに、俺はものすごい眠気に襲われた。

「な、なに……」

「素直に寝ておけ。明日の明け方くらいまで眠いじゃろうが、寝て起きたらずいぶんマシになっとるはずじゃ」

「…………」

ものすごく眠い、上半身がぐらぐらする、でも確かに動悸が消えてる……。

いや、でも、俺がここで寝ちゃったら千歳をかばう人がいない。俺は、必死に太ももに爪を立てた。

九さんは、何か感づいたようだ。

「……妾がいたら、怨霊が何かされそうで不安か?」

「……九さんが、ちゃんと、考え、直して、くれるまで、寝られません……」

「稀代の馬鹿じゃのお主は。さっきも言ったが、もう何もせんしできんよ、嫌味くらいしか出ん」

「…………」

「出直す。起きて腹が減っていても重いものを食べるなよ、しばらく粥くらいにしておけ」

九さんは、ふっと消えた。俺はもう眠気を堪えられなくて、布団に倒れた。

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