あなたを寂しくしたくない

俺はとりあえず、千歳に「俺は特に特別な能力無いんだって、狭山さんそういうのもわかるんだって」と伝えた。

『え、じゃあ、ワシ、なんでぐちゃぐちゃな気持ちにならないんだ?』

千歳は目をまんまるにした。

「狭山さん的には、千歳は寂しいとぐちゃぐちゃな気持ちになっちゃうかも、ってことだったんだけど」

『うーん……』

千歳は考え込んだ。

『……うん、まあ、お前に会ってから、寂しくはないな。お前だいたい家にいるから、話し相手に困らないしさ』

そっか、話し相手がいるってだけで、千歳は大丈夫なのか。いや、でも、話し相手いるって侮れないよな、俺、千歳と毎日なんでもない話できるの、すごくいいなって思うしな。

「じゃあ、千歳は、俺のところにいたらさ、寂しくない?」

『うん、多分……』

千歳は頷いた。

「そっか、よかった」

じゃあ、これまでみたいに千歳と一緒に暮らしてたら、とりあえず大丈夫なのかな?

これまでみたいに。千歳と何でもない話しして、 家事してくれることに折に触れて感謝して、俺の懐に余裕があったらお菓子とか買ってあげて……。

そこまで考えて、俺は気づいた。あれ、なにか買ってあげる筆頭の日である誕生日、千歳に何もしてあげてなくない!?

戸籍上の誕生日だけど、確か去年の夏に金谷さんに相談したとき、適当に『今日』って言って決めたよな、8月上旬くらいだった、やばい、もう過ぎてる。

と言っても、多分千歳は自分の誕生日を意識してない。うーん、ざっとプレゼント候補見繕って、千歳に欲しいのどれか聞いて、それポチろう。

「ごめん、俺ちょっと忘れてたことあるから、それやるね。九さんのことはやれることやったし、果報を待とう」

『仕事か?』

「いや、ちがうけど。ちょっと今は内緒」

あわてて机に座ってパソコンを開き、Amazonと楽天とヨドバシを開いて、お気に入りに入れておいた千歳の好きそうなチョコミントとかお菓子とか、あと、あると千歳が便利そうなものを見繕う。

ある程度調べて、候補を絞ってから、俺は洗濯物を取り込んで一息ついた千歳に声をかけた。

「あのさ、もう過ぎちゃったけど、千歳は誕生日プレゼント何欲しい?」

『えっ?』

完全に忘れてたらしい。千歳は目と口を丸く開いた。

『え、ワシの誕生日!?』

「去年の八月はじめに決めたじゃん、マイナンバーカードに書いてあるだろ?」

『あ、そういえばそうか、そうだったな、そうか、ワシ誕生日あるのか……』

「でさ、遅れて悪いけど、プレゼント候補調べてて。一応、俺セレクト人気チョコミント詰合せとか、フリーサイズエプロンとか考えてるんだけど」

『え、チョコミントは好きだけど、なんでエプロンなんだ?』

「料理の時あったほうがよくない? それとも別にいらない?」

千歳は結構サイズが変わるから、フリーサイズエプロンのしっかりしたやつがいいかと思ったんだけど。それとも、これまで使わなかったし、別にいらないかな?

『……エプロン、あったら、便利だ。欲しい』

千歳は、ぼそっと言った。

「そう? よかった、こんなエプロン欲しいとかある?」

『えっと……厚手の生地で、ポケットがふたつ以上付いてるのがいい』

「わかった、候補にあげてるのに多分あるから、それ買うよ。予算的に余裕あるから、チョコミントも二、三個つけるね」

『あ、うん……』

喜んでくれるかと思ったけど、千歳はなんだかもじもじしている。どうしたんだろう。あ、そうだ、誕生日ならもう一つ必須なものがある。

「ケーキも欲しい? 奢るから、今日の夕方でも、駅前まで買いに行く?」

『…………』

千歳はまだもじもじして、そのうちうつむいてしまった。

『……ワシさ、悪い奴なのに、楽しいことしていいのか?』

あ、それか……。まあ、そういう考えにもなるよな……千歳がちゃんと自分のしたことを振り返ったなら、そうなるよな。

「……よく思わない人はいるだろうね、九さんみたいにさ。でも、俺は、千歳がいなかったら今生きてたかもわからないし、こういう時にできるだけお礼したいんだよ」

千歳に暴れてほしくないから寂しくさせたくない、というのはあるけど、俺が千歳に暴れてほしくないのは、千歳に罪を重ねてほしくないからだ。それに、千歳が喜んでくれたら、俺それだけで嬉しいんだよ。

『………』

千歳は、うつむいたまま、両手をぎゅっと握りしめた。

『あのさあ』

「何?」

『ケーキ、明日の夕方買いに行きたい。それと、あっち向いて、ワシがいいって言うまでこっち見ないでくれ』

「ん? うん」

俺は千歳がいるのと反対の方向を向いた。千歳はまだしばらくなにか困っている気配だったが、やがて声が聞こえた。

『あのさあ、ワシ、祠壊されてすごく痛かったからお前のこと祟ってるけど、でも、お前のこと、いい奴だなって思うぞ』

「え、うん、どうも」

『おまえ、すごくいい奴で、やさしくて、だから……その……あの……』

「うん」

『だから……ワシのこと嫌いにならないでくれて、その、あの、あ、あ、あり……』

言いよどむ気配がして、それから、いきなりどんと背中をどやされた。

『えーとその、お前いい奴なんだから、あとは稼ぎどうにかなればすぐいい女見つかるから、早く子孫つなげよ! 飯は作ってやるし、掃除も洗濯もしてやるから!』

「う、うん……。もう、そっち向いていい?」

『いい』

振り返ると、少し元気になった千歳がいた。

『じゃ、明日買い物行って、明日の夕飯はちょっといいもの作るな』

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