あなたを優しく温めたい
夕飯の揚げない唐揚げカレーと水菜サラダに舌鼓を打っていたら、千歳(幼児のすがた)が『なあ』と口を開いた。
『頼みがあるんだけど、いいか?』
「ん? 何?」
『……こんなこと頼んでも、バカにしないか?』
千歳は、なんだか恥ずかしそうに言う。どうしたんだろう、千歳的に恥ずかしくてバカにされそうな頼み事みたいだけど。
「バカにしないよ、頼み事って何?」
どんなことでもできるだけのことはしよう、と思ってそう言うと、千歳は少し逡巡して、それから言った。
『風呂終わったらさ、ひっついていいか? 寝るときも、ずっと、ひっついていいか?』
「……?」
なんでそんな頼み事を?
「全然いいけど、どうしたの?」
『……なんか、寒いんだ』
千歳は、なんだか晴れない顔だった。
「え、クーラー効きすぎてる? 温度上げようか?」
27か26℃にしてるんだけど、まずかった?
『……なんか、温度って感じじゃないんだ。中のほうがなんか寒いんだ。誰かにひっつきたい気持ちになるんだ』
しょんぼりしながら言う千歳。クーラーの問題じゃないのか? まあ、今日いろいろあったし、そういう気分になってもおかしくないのかも。
「うーん、とりあえず、くっつくのは全然いいよ。一応、湯船にもよく浸かっとく? 今日一緒に入る?」
千歳は湯船に浸かるのは好きみたいだが、垢は全然出ないので、俺が入ってる時に気が向いたら入ってくる。風呂沸かし直せる家になったけど、沸かし直すのも不経済だし。
千歳は頷いた。
『入る』
「じゃ、ひのきの入浴剤入れようか?」
千歳の好きな入浴剤を言うと、千歳はやっと少し愁眉を開いた。
『うん』
食べ終わってから、スマホが震えたので見る。南さんからの連絡だった。
九さんが、他の後、金谷家や南さんのところに自分から訪れて、千歳の詳しい事情を聞いてきたとのことだ。千歳を懲らしめる腹づもりのことを言っていたらしい。
南さんは、千歳に余計な刺激をすると統率を失った中身が散らばって暴れる、と九さんを止めたけれど、「お前たちに迷惑はかけん」と聞かなかったそうだ。
ただ、九さん単独では千歳をどうこうできる力はないらしい。千歳を封印したのは、何人も協力してのことだったので。
「ひとまず明日、関係者で集まって話し合いというか、相談をしたいのですが、お時間取れますか?」
俺は、取ると返事した。仕事はまだ、リスケすればなんとかなる範囲だ。とりあえず、明日の九時に南さんの知ってる神社で集まることになった。
千歳とお風呂に入り、体を拭いて服を着たら千歳はマジでべったりひっついてきた。黒い一反木綿な下半身を俺の腰辺りにぐるぐる巻き付けるのは、千歳が暇な時に俺にくっついて寝るときのスタイルなので、慣れっこだけど。
「こうしてたら、寒くない?」
『うん、マシになる』
「そっか、よかった」
千歳の体は、多少は厚みがあり、ウレタンみたいな弾力と息遣いを感じる。怨霊ではあるが。
明日は朝から用事あるし、と早く布団に入る。もちろんくっつかれたまま。タオルケットを適当に自分と千歳の体にかけたら、千歳がもっとくっついてきた。
なんの気無しに、千歳の背中をぽんぽんとタオルケット越しに叩いたら、千歳は顔を上げて、俺をじっと見てきた。
「どうした?」
『……あのさ』
「うん」
『今の、もっとやってくれないか?』
「背中叩くの?」
『うん』
……千歳、なんか心細いのか?
心細いのが背中叩くだけでよくなるなら、と俺は千歳の背中をしばらくぽんぽんした。千歳は目を閉じ、その息づかいが、ゆっくり、深くなっていった。
千歳が寝たかな、と思ってもしばらく千歳の背中をぽんぽんし続けて、もう大丈夫だろう、と思えるまで続けてから、俺は眠りに入った。
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