番外編 怨霊千歳の実感
「あのさ。俺、千歳に、これからは絶対に人を傷つけないって、真剣に約束してほしいんだ」
祟ってる奴はマジな顔で言った。いきなりそんな事言われても、話が見えない。
『えっと、ワシ別に暴れる気無いぞ、これまでも中の奴らが飛び散った時以外、暴れてないだろ?』
そう言うと、祟ってる奴は、なぜかすごく苦しそうな顔になった。
「……俺と、会う前は?」
『それは……』
昔を思い出す。真っ暗なところに閉じ込められる前。刺されて気が遠くなって、気がついた時。仲良く喋ってる夫婦や親子が羨ましくて憎らしくて悲しくて、すごく暴れて、ぐちゃぐちゃにした。
たくさん、ぐちゃぐちゃにした。全部、ぐちゃぐちゃにした。
『……暴れた』
どういう顔をしていいか分からなくなって、ぼそっとそう言う。祟ってる奴は、苦しそうな顔のまま、重ねて聞いてきた。
「……人を、たくさん死なせた?」
『……うん』
「…………」
祟ってる奴は、肩を落とし、大きくため息をついた。
「……なんで、そんなことしたか、聞いてもいい?」
なんでだろう。ぐちゃぐちゃな気持ちだった、あの時は。
『……気がついたら外にいたんだ、そんで仲良く喋ってる人たちをたくさん見たんだ。それ見て、ワシはずっと仲間に入れてもらえないんだって思って、それで、ぐちゃぐちゃな気持になって、暴れた……』
「…………」
祟ってる奴は、何かに耐えているような顔をしてワシの言うことを聞いて、それからまた聞いてきた。
「……閉じ込められてる間、寂しかったの?」
『……寂しかった。誰もおしゃべりしてくれなかった。一人だけ話してくれた人、桃っていう人が、いなくなっちゃって、多分ご本家様のお手付きになってて。そんで、久々に風呂に入れてもらう時に、言う事聞かないで逃げ出してご本家さまのところに探しに行ったら、桃、ちっちゃい赤ん坊抱いてて、来るなってものすごく怖い顔で言われて、どうしてって思ったら、後ろからご本家様に刺された』
「…………」
祟ってる奴は、唇を引き結んだまま、ワシの話を聞いていた。こんなこと人に話すの初めてなのに、ワシは話すのを止められなくなってた。
『なんでか全然わかんなくて、気がついたら外に出てどんな格好にもなれるようになってて、外には仲良くしてる人達がいっぱいいて、みんな楽しそうにおしゃべりしてて、でもワシはその中に入れてもらえないんだって思って、ワシ男にも女にも入れてもらえないし、誰かと子供作って子孫繋ぐのもできないしって思って、ぐちゃぐちゃな気持ちになって、ぐちゃぐちゃにしちゃった、みんな』
言いながら、そんなつもりじゃなかったのに、ほっぺに涙が流れた。どうしよう、そんなつもりじゃなかったのに、ワシが暴れたの、よくないことなのに、こいつ、多分ワシのこと、怒ってるんだ。
会ったことそのまま話してみたら、ワシ、すごく自分勝手な事考えて自分勝手に暴れたなって思った。どうしよう、こいつよくないことする人嫌いだもん、ワシのこと、どう思うだろう?
こいつ、あきれ果てるんじゃないか、ワシのこと嫌いになるんじゃないか、あっち行けって言われたら、どうしよう、すごく悲しい、どうしよう……。
でも、祟ってる奴は、ワシのそばに来て、「ほら」とティッシュの箱を置いて、ワシの背中をそっとなでた。
……こいつ、ワシのこと嫌いになってない。でも、優しくしてもらったのに、なんか、優しくしてもらったせいでよけい胸がぎゅーっとなった。こいつ、ワシのこと、すごく悪く思ったっていいのに。
そしたら、もっともっと涙が出て、止まらなくなってしまった。祟ってる奴は、しばらくワシの背中をなでていた。
ワシがティッシュを何枚か使ったあと、祟ってる奴は、静かに聞いてきた。
「……今はさ、千歳、友達いるじゃん」
『……いる』
「友達いたら、ぐちゃぐちゃな気持ちにならない?」
『ならない……』
涙を拭って、鼻をかんで、それから、ワシは言った。
『あのな、なんでかわからないけど、お前に会ってから、ワシ、ぐちゃぐちゃな気持ちに一度もなってない』
なんでかな、こいつ、ワシ見て怖がりも嫌がりもしなかったんだよな。びっくりはしてたけど。そんでワシに「俺で末代」って言ってきて、ワシもびっくりして、あっけにとられて。でも、それから、なんでか、ぐちゃぐちゃな嵐みたいな気持ちには一回もなってないんだよな。
『ぐちゃぐちゃな気持ちだったら、星野さんとも緑さんとも友だちになれてなかったと思う、でも、なんでぐちゃぐちゃな気持ちにならないのか、全然わからない』
「…………? 俺と会ってから……?」
祟ってる奴は、かなり困惑した顔になった。
「なんか……俺、霊感とかは全然ないけど、もしかして怨霊の精神安定剤的な作用ある人、とか……?」
『……わからん……』
二人で首をひねる。でも、二人で考えてもわからなかった。
祟ってる奴は言った。
「あのさ、じゃあ、最初に言ったけど、これからは絶対に人を傷つけないって、約束してくれる?」
『うん』
すごくいけないことをしたんだと、今はわかる、でも、あんまり直視したくない。
すごくいけないことをした、すごくいけないこと過ぎて、そのことについて真剣に考えるのが怖い。
「俺が千歳の精神安定剤みたいな作用があるならさ、俺できるだけ千歳と一緒にいられるようにがんばるよ」
『うん』
「あのさ、九さんは、千歳がたくさんの人を傷つけたから、だから千歳が嫌いで、千歳が楽しく暮らしてるのが気に入らなくて、ちょっかい出してきたみたいなんだ」
『うん……』
ワシは、たくさんの人をぐちゃぐちゃにした。そうだ、こいつがいい奴なだけで、そう聞いたら大抵の人は、ワシのこと、嫌いになる。
「別にそれが罪滅ぼしになるってわけじゃないし、九さんがそれで納得するってものじゃないと思うけど、せめて、これからは絶対に人を傷つけないで欲しい」
『うん……』
「……どうしてもぐちゃぐちゃな気持ちになって我慢できなくなったら、俺をぐちゃぐちゃにしていいから、他の人は傷つけないで欲しい」
それを聞いて、ワシの心臓は跳ねた。
『しない、もしぐちゃぐちゃな気持ちになっても我慢する!!』
叫ぶように言った。やだ、こいつのことだけは、絶対にぐちゃぐちゃにしたくない!
祟ってる奴は、ワシの背中をぽんぽんした。
「でも、我慢っていつまでもできるもんじゃないから、それだけに頼るのも良くないよ。ぐちゃぐちゃな気持ちになっても、人を傷つけなくてすむ発散方法、見つけとくといいと思う」
『うん……』
「あのさ、今いろいろ話したこと、南さんとか金谷さんとか、他の人にも伝えていいかな? もし俺が千歳みたいな怨霊の精神安定剤な作用もつ人間だったら、どれくらい一緒にいればいいのかとか、どれくらい以上離れちゃいけないかとか、そういうのわかるかもしれないし」
『うん……』
祟ってる奴は穏やかに話すけど、ワシは心臓がまだドキドキしてた。こいつがぐちゃぐちゃになるの、想像するだけで嫌だ、絶対に嫌だ、絶対にぐちゃぐちゃにしない!
ぐちゃぐちゃに……。
ワシ、たくさんの人をぐちゃぐちゃにした……。
たくさんの人、その人達には仲のいい人、大事な人、それぞれいたよな。だから、ワシ、ぐちゃぐちゃにしたんだもんな。
体の中心を、冷たい棒が刺し貫いたような気がした。
ワシ、今こいつがぐちゃぐちゃになるって、考えただけでひどい気持ちになったのに。
ワシ、本当にぐちゃぐちゃにするのを、一人どころか、たくさんの人にやったのか?
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