そんなのとても信じられない

蝉しぐれの一瞬後、千歳の声が聞こえた。

『おい!』

千歳(女子中学生のすがた)が階段を駆け上がって駆け寄ってきていた。

『どこ消えてたんだ!? って……あれ……』

千歳は俺の所まで来て、俺をぺたぺた触りまくった。

『お前、神隠しされてたのか!?』

「か、神隠し?」

神隠し!? あれが!?

いや、でも、一瞬で異界に連れてかれる、あれこそが神隠しなのかもしれない。すぐに戻してもらえたけど。

「えっと、あのさ」

俺は事情を話した。神の使いを名乗る九尾の銀狐に会ったこと。どうやら千歳を封印した人の一人らしく、ここ最近の事情を知らなかったようで、千歳の姿に驚いて説明を求めてきたこと。

「それで、心配なんだけど……千歳のこと、放って置けないって言ってて、明らかに千歳に何かしてやりたい人の言葉だったんだけど……」

『そんなのふっとばしてやる! 心配したのはこっちだ、いきなり消えやがって!』

千歳は憤慨した。

『またさらわれたら承知しないぞ、こないだもさらわれたのに!』

「ご、ごめん、でも俺の一存ではどうしょうもなく……さらわれたくてさらわれてるんじゃないんだよ、俺も」

『…………。まあ、それはそうだけどな……』

千歳は考える顔になり、首をひねって、それから言った。

『……魔除け的なの作るか。うーん、とりあえずこれ使おう』

千歳は、そばにあった松の葉をちぎり、針のようなそれを器用に折って、星型の飾りを作った。それを手のひらに挟み、拝むようにぎゅっとして、何かを念じた。

『よし、これで厄除けの五芒星できた! これ持っとけ!』

「え、そんなに簡単に作れるの!?」

千歳に松の五芒星を渡され、俺はとりあえず受け取った。

『松って厄除けにいいんだぞ。ワシが作ったから、とっても強い護身用の武器になるぞ』

「これが武器……?」

俺は五芒星を眺め回した。うーん、松の葉とは言え、結構柔いんだけど。

『ちゃんと身につけとけ』

「はあ」

まあ、お守り程度にはなるのかもしれない。そのままポケットに突っ込んだら壊れそうだったので、俺は財布を出して、病院の診察券が入ったケースの裏に松の五芒星を挟んだ。

財布なら外出する時絶対持ってるし、これで大丈夫……と思った時、頭の中で声がした。

〈ずいぶんその怨霊が大事なようじゃな。しかし、その怨霊は人殺しじゃ。何十人も殺しておる。大事にされていいような存在では、ないぞ〉

さっきの、九さんの声だった。思わずあたりを見回す。千歳もなにか感じ取ったようだ。

『ん!? 今なんか、気配がした! お前をさらった奴!』

千歳はきょろきょろあたりを見回し、『あっ、繋がり切りやがった』と舌打ちした。

『追っかけられそうにないな。うーん、しかたない、とりあえず帰ろう。お前に朝飯食わせなきゃな』

「え、あ、うん……」

俺は反射的に返事をしたが、九さんの言葉の咀嚼で精一杯だった。

千歳が、この千歳が、人殺し?

何十人も、殺した?

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