銀の狐に説明したい
白銀の狐はこちらに向かって歩いてきた。しっぽがずいぶんふさふさして……いや、しっぽが多いんだこれ、何本もある、これ、もしかして。
「妾はいわゆる九尾の狐でな、神の使いをしておる。九尾の九ちゃんと呼んでよいぞ」
「は、はあ……」
きゅうりの漬物じゃないんだから。
「ひとまず、痛みを抜いてやるから、少し待っておれ」
「ぬ、抜く?」
狐――九ちゃんと呼ぶべきなのか―――は俺のところまでやってきて、いきなり大型犬くらい大きくなり、鼻先を俺の腰に寄せた。すると、俺の腰と狐の鼻先の空間に、金平糖くらいの小さなトゲのある塊がぽこんと浮いた。
それと同時に、さっき打った腰と尻の痛みがふっと消えた。
「え? え? あれ? えっ、何これ!?」
「その痛みに触ってはいかんぞ、また体に吸い込まれてしまうからな。あと、怪我自体は別に治っとらんから、気をつけるんじゃ」
狐は金平糖のような塊に前足を伸ばし、「……これだとしまいにくいのう」とつぶやいてから、ぼんと音を立てて紫袴の若い女性になった。白銀の髪の、えらくきれいな人だ。切れ長の目はなんとなく狐を思わせるが……。
「さて、驚かせて悪かったの。あの怨霊がいない所で、少し話を聞かせてほしくてのう」
狐だった女性、九さんは、金平糖のような塊を懐にしまいながら言った。
「は、話、とは……?」
ていうか、ここ、異界って話だったけど、どこ!?
九さんは微笑んだ。
「お主、一体どうやってあの怨霊を手なづけたんじゃ? あの怨霊、お主がいなくならないようにと強く願っておったぞ」
「え、千歳が!? え、ていうか……」
千歳、口に出して祈ってたのは俺が子供を作るようにってことだったけど?
「え、えっとあの、手なづけては全然なくて、一応祟られてまして……ていうか、千歳、全然違う願い言ってましたけど、もしかして、その、九さんは、人の考えてることが読めたりとかするんですか?」
九さんは首を傾げた。
「千歳? あの怨霊の名前か?」
「は、はい」
いや、読めてはないなこれ。読めてたらそれくらいわかるもんな。
「うーん、妾はな、主人に届けるように念じたことは聞き取れるが、それ以外は全然わからんのじゃ。すまんが、なんであの怨霊と一緒にいるのか教えてもらえんかの? 妾、このあたりを通るのは久しぶりで、最近のことを知らんのじゃ」
「は、はあ……」
敵意はない、と思ってよさそうだ。さっきあっちから自己紹介してきたし、お詫びして痛くなくしてくれたしな。
俺は手短に千歳との関係を話した。転んで壊してしまった祠に千歳がいて、千歳はそれを怨みに俺を子々孫々まで祟りに来たこと。でも俺があまりに終わりの人生で、自分で末代だと言ったら千歳は困ってしまって、それから俺に子供を作らせるためにいろいろ世話をしてくれていること。自分の名前も名乗った。
「その、千歳がいてくれて助かってることばかりですし、千歳は祠出てから進んで人を傷つけたことなくて、悪いことしてません。監視みたいな、霊能者の家の人達もついてます。本当に大丈夫なんで、千歳に何もしないでください」
「ふーむ……」
九さんは怪訝そうに目を細めたが、とりあえず納得したようだ。
「まあ、あの怨霊の封印が解けた訳はわかった。あの祠、中の怨霊を利用したい者には絶対壊せない作りにしたからのう、あの怨霊が外にいる理由がわからなかったんじゃ」
なんであの祠の作りに詳しいんだこの人。あ、まさか、もしかして。
「その、もしかして、あなたはあの祠作った方ですか?」
「妾だけではないがな」
九さんはあっさり頷いた。じゃあ、この神社の人が千歳の封印に関わったって、当たらずとも遠からずか。
「その……私は千歳とけっこう長い間一緒にいますが、心霊的に千歳がどう、ということは詳しくなくて。千歳のことを見てる霊能者の家の人のほうが詳しいかもしれません」
「どの家じゃ?」
「一番関係が深いのは、金谷家です。あと、家って感じじゃないですが、南さやかさんって人にもお世話になってて」
「ん? さやか? 狐を使う娘か?」
九さんは目を丸くした。
「はい、狐って呼んでる何かを使ってる人ですね」
九さんは嬉しそうに両手を叩いた。
「やっぱりそうか! あの娘が子供の時に、ずいぶん進路相談に乗ったぞ! 結局仏門に入ったのか、あの娘は?」
「えっと、そうじゃないですかね、いつも尼さんの格好だし」
「ふふふ、そうか、そうか」
九さんは愉快そうにコロコロ笑った。
「いい話も聞かせてもらったのう。ずいぶん時間を取らせて悪かったの、そろそろ元の場所に帰そう」
「あ、はい、ありがとうございます」
あまりにも唐突だったが、事情を知りたかっただけっぽいなこの人。とりあえず、千歳に変なことをしそうな人じゃなくて、よかった。
「……あの怨霊を、放っては置けんしな」
「え」
前言撤回! 千歳に何かする気だこの人!
何か言おうとした時、足元がぐにゃっとして、次の瞬間に蝉しぐれが戻ってきた。
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