ふたつでいいから叶えたい
「意外としっかりした神社だなあ」
夏の緑の木々で鬱蒼と覆われた階段を登りきって、俺は感想を漏らした。
少し早起きして、千歳がいた祠の近くの神社に来ている。石造りの鳥居は古色蒼然としており、本殿も小さいけれど、作りはしっかりしているようだ。
『小さいけど、けっこうちゃんとしたところだと思うぞ。多分ワシを封印したやつがいたところだからな』
「そんな関係があったんだ……」
本殿の両隣には、お稲荷さんを祀っているらしい狐の石像まである。
「狐って、何の神様なのかなあ」
『うーん、神様みたいなのもいるけど、基本は狐って神様の使いだぞ。宇迦之御魂神の使いだ』
「ウカノ……何?」
俺は思わず聞き返した。金谷さんが言ってたけど、神社的なことで俺の知らないこと、千歳けっこう知ってるんだな、やっぱ。
『ウカノミタマノカミ。食べ物の神様で、五穀豊穣の神様だけど、稲荷神社なら商売繁盛も受け付けてるぞ』
「へえー」
なら、仕事で稼げますようにって祈るかな。ていうか、千歳なら俺の子宝祈願とかしそうな気がしてたから、商売繁盛に話を曲げられそうでよかったかも。
「じゃ、お祈りしようか。鈴鳴らして、二礼二拍手一礼だっけ?」
『その前に賽銭だな』
「あ、それもそうか」
俺は財布を出し、ちょうど五円玉があったのでそれを放った。千歳も小銭を放った。鈴も二人で鳴らす。
本殿にお辞儀をしようとした時、千歳が言った。
『願い事、願うだけじゃなくて口でも言えよ』
「え、なんで?」
『あ、えっとな、言葉にしないと自分の中ではっきりしないんだって』
「ふーん、じゃあお祈りしながら考えて、ちゃんと口でも言うよ」
二礼二拍手。俺は手を合わせた。千歳も手を合わせたようだ。
『ワシの隣にいる奴がちゃんと女見つけてちゃんと子孫繋ぎますように!』
あ、やっぱそれなのか、千歳の願い事は……。
俺の願い事……。一番に浮かぶのは、千歳になるべく長く俺のところにいてほしいということ。千歳、俺と普通に暮らしてて幸せらしいから、それが続けば多分大丈夫だと思うんだけど……いや、でも普通に暮らすには、俺がちゃんと仕事して稼いでが必要だし……商売繁盛、やっぱりお願いしなきゃ。あ、それと、病気したらちゃんと働けないから、健康第一だ。口に出すの、それくらいでいいか?
いや、でも、事故とかの突発的な怪我とかあるし、無事に安全に、っていうのも願いたいな。ていうか、これまでを思い返すと千歳にもけっこう危険なことあったから、千歳も平穏無事で暮らして欲しい。病気も怪我もなく、千歳も平穏無事で楽しく暮らして欲しい……なんてまとめればいいかな。健康第一とも違うもんな……うーん……。
あ、家内安全ってこういう時の言葉か! これなら健康も平穏無事も含む! これでいいや!
というわけで、俺は願いを口に出した。
「家内安全、商売繁盛。それだけでいいので、どうかよろしくお願いします」
一礼を終え、お祈りを終えると千歳にこづかれた。
『おまえ、面白みのない願い事だなあ』
「いや、まあいろいろ願い事はあるんだけど、家内安全と商売繁盛のふたつでまとめられるから、これでいいやって思って」
『いろいろって、具体的に何だ?』
「いや、まあ、稼ぎたいけど、平穏無事に暮らしたいし、稼ぎたいなら怪我も病気もできないし、誰にも危険なこと起きてほしくないじゃん。だから、家内安全と商売繁盛」
『うーん、まあ、そう言われるとそうか……』
千歳は腕組みした。
『まあ、今日のところはこれで勘弁してやる。帰って朝飯にするか』
「うん」
鳥居を出て、階段を数段降り……足元がぐにゃっとした。
「わ、何!?」
階段を踏み外し、滑って尻と腰をしたたかに打った。
「あたた……」
打ったところをさすり、そして違和感を覚えた。打ちつけたところの違和感ではない。
「……え、あれ、千歳?」
辺りを見回す。千歳がどこにもいない。
それだけじゃない。
立ち並ぶ木々、あんなにうるさかった蝉しぐれが、しんとしている。
「……ど、どういうこと?」
とりあえず、千歳を探さなきゃ。そう思って立ち上がり、腰と尻の打撲の痛みに思わず顔をしかめた時、後ろから若い女性の声がした。
「すまんの、痛い思いをさせる気はなかったんじゃ。少しの間、異界に来てもらいたかっただけでのう」
振り返ると、鳥居の中に立つ、白銀の狐がいた。
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