友達付き合い続けたい

玄関を開けた先にいた緑さんは、実はあまり言葉を考えずに家に来たようだった。

「えっと、こんにちは、いきなり押しかけて申し訳ありません、びっくりさせちゃってごめんね千歳ちゃん、その……」

千歳(女子中学生のすがた)も、だいぶあわあわしていた。

『え、えっと緑さん、えっと、ワシ……』

二人にしておくとなかなか話が進まない気がしたのと、あと玄関を開けていると外の熱気がものすごく入ってくるので、俺は申し出た。

「すみません、話長くなりそうですし、いったん中入りませんか? むさ苦しいところですが、外すごく暑いので……」

「あ、す、すみません、じゃあ、失礼します」

緑さんは頭を下げた。

とりあえず、緑さんには千歳と一緒に食卓テーブルについてもらい、俺は人数分の麦茶を出して千歳の隣りに座った。

千歳はもじもじしており、緑さんもどう切り出せばいいか迷っているようだったが、やがて口を開いた。

「あの、千歳ちゃん。私、あなたとやりとりした時間がそんなに長いわけじゃないけど、でも、あなたは全然怖くも怒りっぽくもなくて、なんていうか、親しみやすい人柄の人だと思ったし、おしゃべりしてて楽しかったから、よかったら、これからもいいお友達でいてくれませんかって、そう言いに来たの……」

千歳は目をまん丸くして緑さんの言葉を聞き、そして言った。

『で、でも、緑さん朝霧家の人だから、ワシと付き合っちゃダメなんじゃないか?』

「そのね、朝霧家は千歳ちゃんが怒って暴れるのが嫌なんであって、それを防ぐために不要な接触はするなってだけ。でも、千歳ちゃんは怒っても暴れてもいないし、私は、朝霧家がどうとかより、私が仲良くしたい人と仲良くしたいって、そう思ったの」

緑さんは、強い意志を秘めた眼差しで言い切った。

緑さん、業界の取り決めみたいなのを破ってもいいのか?と思ったけど、よく考えたら、緑さんは、割と朝霧家のこと嫌になってそうな経歴の持ち主だったな。家制度が強くて、子供残さなきゃいけないのにできなくて、それは多分旦那のせいなのに、旦那のせいで確実に子供できなくなったんだもんな……。

それに、千歳と仲良くしても、実害は全然ないんだもんな。

千歳は再び目をまん丸くした。その目が潤み、目を伏せ、少しして顔を上げた。

『ワ、ワシも、緑さんと仲良くしたい、友達でいたい……』

安心したのか、うれしかったのか、その両方かで、千歳はぽろぽろ涙をこぼし始めてしまった。

『ご、ごめん、みっともなくて……』

「ご、ごめんなさい、泣かせるつもりじゃなくて」

緑さんは慌て、俺はティッシュボックスを千歳のそばに置いた。

「千歳、ほら、ティッシュ」

『う、うん……』

千歳はティッシュを取り、目元を押さえ、それでも泣き止めず、鼻をぐずぐずさせながら言った。

『緑さん、ありがとう、ワシ、すごく迷惑かけたかと思って、緑さんすごく親切にしてくれたのに、迷惑かけちゃったって思って』

「迷惑なんかじゃないから! グダグダ言う人は私が黙らせるし、それは全然迷惑なんかじゃないから!」

緑さんは身を乗り出し、俺は千歳の背中をなでた。

「千歳、この件は誰も悪くないんだよ、大丈夫、変に罪悪感持たなくていいから」

『う、うん……』

「緑さん、わざわざ仲良くしたいって来てくれたんだから、何も心配しなくていいから」

『うん……』

千歳は少しずつ落ち着き、もう一枚ティッシュを取って目元をふいてから、しっかり顔を上げて緑さんを見た。

『じゃあ、ワシ、緑さんにまたLINEしてもいい?』

「もちろん! また、作ったお菓子の写真とか見せてよ」

『また、一緒に買い物とかしたいって言ってもいい?』

「うん、また一緒に遊びましょうよ、私、千歳ちゃんに布教したい紅茶もお菓子も、まだまだたくさんあるし!」

そこまで聞いて、千歳はやっと笑顔を見せた。

『じゃ、いっぱい布教してほしい!』

千歳が大丈夫そうになったので、俺はそっと安堵のため息を付いた。この件、誰も悪くなかったけど、千歳はすごく悲しんでたから、緑さんのファインプレーで収まって、本当によかった。

緑さんが、こちらを見て頭を下げた。

「ええと、和泉さま、いきなり押しかけて申し訳ありませんでした。言うべきことは言いましたし、お土産お渡ししたらお暇します」

「お土産?」

緑さんは傍らのバッグから、紙に包んだ袋を出した。

「えーと、普段使いしやすい紅茶詰め合わせです、よかったらお二人で飲んでください」

千歳は、何かピンとくるものがあるようだった。

『あ、もしかして、スーパーでも買える紅茶でおいしい紅茶の詰め合わせか?』

「そうそう、LINEで今度教えるって言ったやつ。私の独断と偏見を多分に含むラインナップだけど、よかったら」

『わー! うれしい! ありがとう!』

千歳は、さっき泣いていたのが嘘のような笑顔で包みを受け取った。

「和泉さまも、体質的に紅茶がいいってことなんですよね、よろしければ」

「あ、ありがとうございます……」

千歳、そんなことまで緑さんに話してたの? ていうか、時間的に、千歳のLINEを受けてすぐ用意した感じ? 千歳と仲良くしたいっていうの、本当なんだな……。

……よかった。


そういう訳で、今回の件は円満解決し、緑さんは帰っていった。

『緑さん、たくさんくれた! うまそうな紅茶たくさんある!』

千歳はルンルンで紅茶の包みをほどいていた。

『お前の好きそうな、レモンとライムの紅茶もあるからな! おやつの時に入れてやるぞ!』

「うん、ありがとう」

レモンもライムも好きだけど、俺はその香りの紅茶が飲めるだけじゃなくて、千歳の憂いがなくなった事が嬉しいよ。

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