番外編 朝霧緑の紅茶生活 4(終)
専門店では千歳ちゃんにイギリス菓子をたっぷり紹介した。ショートブレッド、ヴィクトリアンケーキ、キャロットケーキ、フラップジャック、チョコレートブラウニー、レモンドリズルケーキ、そしてスコーン。焼き菓子が山盛りの店内は幸せの香りに満ち溢れている。
私はクロテッドクリームをふたつ千歳ちゃんに奢り、「これは生クリームよりさらに濃いクリームで、スコーンの必需品で、ジャムと一緒にたっぷりスコーンに乗せてミルクティーと食べると飛ぶ」と教えた。
千歳ちゃんは目をまん丸くした。
『そんなにすごいのか!?』
「ぜひ試してみて」
『うん! へへへ、いいものたくさん教えてもらっちゃった』
千歳ちゃんといろいろ話しながらお菓子を選んだ。千歳ちゃんは自分用のおやつにプレーンスコーンといちごスコーンとショートブレッドを買うそうだ。私は山積みのお菓子を手当たり次第に買い、茶葉も買い込み、来られなかった友達が最低限欲しいお菓子と茶葉もかごに放り込んだ。
千歳ちゃんはもうひとつお菓子を買いたいそうなのだが、迷っている。一緒に暮らしている人にお土産を買いたいそうなのだが、洋菓子だと油がすごいかな? と気になるとのことだ。
『あいつ冷え性で、体質に合うの紅茶らしいから、もっと紅茶飲ませたいんだけど、洋菓子っていっぱいバター使うだろ?』
山盛りの焼き菓子の後ろで仏頂面をしていた店長―――別に機嫌が悪いわけではなく、これが素―――がぼそっと言った。
「うちのジンジャーブレッド、バター少ないよ。夏だからレモンジンジャーブレッドしかないけど」
『え、本当か!?』
千歳ちゃんはぱっと顔を輝かせて、店長が指差す焼き菓子の山に行った。
「クーラーで体冷えてるときにもいいよ、すごくジンジャー効かせてるから」
『わー、ありがとう! あいつレモン好きなんだ、あいつにすごくいいやつだ!』
千歳ちゃんは小躍りする勢いでジンジャーブレッドを包んでもらっていた。一緒に暮らしてる人のこと大事なんだなあ、いい子。
会計を済ませて、車で千歳ちゃんを駅まで送った。車の中で話が盛り上がり、別れる前にLINE交換までしてしまった。
『スコーンの味の感想送るな! 打つの遅いけど、ちゃんと送るから!』
「大丈夫、いくらでも待つから!」
私は家に帰り、買ったお茶菓子をたっぷり並べて、ついでにローストビーフと生ハムを出して、ミルクティーをたっぷり作って、アフタヌーンティーとハイティーを足して割ったような楽しみ方をした。途中で、千歳ちゃんから『教えてもらった通りにスコーン食べたらすごかった!』とLINEが来て、私は一人紅茶沼に引きずり込めたとニヤニヤしながら、クロテッドクリームが買える場所と、スコーンは手作りもできることを教えた。
食べきって、お酒も少し飲んでから就寝
し……翌朝、私は怨霊の気配で飛び起きることなる。
残り香ということはすぐわかった。本体はいないが、濃厚に接触した気配だ。
なんで!? もしかして、昨日好きに乳製品飲み食いしてたから何も気づかなかった!? 乳製品が抜けて今気づいた!? 嘘でしょ、よりによって昨日になんで遭遇するの!?
私はあわてて昨日の行動を思い返しつつ、台所から濃厚に気配がするのでそこに行った。茶葉と茶菓子を入れたでかい紙袋から特に残り香がした。昨日、車に乗る時、私が買い込みすぎて大荷物で難儀したから、車のドア開けて荷物を積み込む間、千歳ちゃんが持ってくれた袋。
千歳。
千歳という名前の怨霊。横浜市の端っこ、山と畑が近い住宅街に住んでいる怨霊に、私は心当たりがある。
「嘘でしょ……」
朝霧家の私は、顔を合わせちゃいけなかったのに。顔を合わせたら怒らせるかもしれなかったのに。怒らせたら、手を付けられないくらい暴れる可能性があるのに。
「ど、どうしよう……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます