番外編 朝霧緑の紅茶生活 3
偶然出合った女の子に紅茶と紅茶に合うお菓子を教えている。前に飲んでおいしかったという紅茶はどうもダージリンらしく、味や香りの特徴を聞いて多分セカンドフラッシュだろうと当たりをつけた。
『セカンドフラッシュって、どういう意味なんだ?』
「二番目の新芽、くらいの意味。ダージリンでは一番いいやつかな」
一番いいやつなので、高い。でも、茶園の名前がついてないダージリンなら紅茶初心者でも出せる金額の値段なので、女の子にはそれを勧めた。
『ありがとう!』
「どういたしまして。お会計済ませたらお菓子買いに行く?」
『うん!』
女の子の予算はあと二千円ちょいなので、値段的に順当だろう、と近くのカルディへ連れて行った。
『ここ、どれもうまそうだけど、たくさんありすぎて迷うから、いろいろ教えて欲しい!』
「OKOK」
個包装がいいということなので、まずロータスのカラメルビスケットを勧めた。
「あれ、二個買うの?」
『もう一個はワシのおやつにするんだ! だから別会計!』
さっきから思ったけど、この子ちょっと話し方が男の子っぽいというか、独特だな……自分のことワシって、広島の子? いや、でも、広島弁って女の子は自分のことうちって呼んだような。
『贈り物な、一緒に住んでる奴のお祖母さんに買うんだけど、ワシお祖母さんと甘いものの好みが似てるって言われたから、自分でも食べたいの見つけたら、ワシの小遣いで買うんだ』
「なるほど」
買う理由はわかったけど、贈り物あげるのは自分のおばあちゃんじゃないんだ?
「じゃ、他にもいくらか買えると思うから、探しますか」
選びながらいろいろ話した。女の子は一緒に暮らしている人がいて、その人に三食ご飯を作っているらしい。えらいなあ。
『太らせたくてさ、いろいろ頑張って作ってるんだけど、なかなか太らないんだよなあ』
女の子はため息をついた。
「偏食なの?」
『好き嫌いはない。でも胃が小さくて、あと、腹が弱いから油ものと刺激物ダメなんだ』
「うーん、油少なめで高カロリーはたいへんよね……」
『うん、だから糖分とタンパク質たくさんとらせたいんだけど、最近のは高タンパク低糖質っていうのばっかりだから、困るんだ』
その時、私のスマホが鳴った。着信だ。画面を見ると、今日落ち合うはずの友達からだった。
女の子に「ちょっとごめん」と断って電話に出る。
「もしもし? どうしたの?」
〈緑、ごめん! 行けそうにない! ひかりが急に吐いて、計ってみたら熱もあるの!〉
ひかりとは、友達の娘の名前である。
「え、マジ!? 大丈夫!? コロナじゃない!?」
〈えーと、今、夏風邪はやってるからそれかもしれないけど、どっちにしろ行けそうにない! ごめん! 急で本当にごめん!〉
「いや、いいから。確保しときたい茶葉とお菓子言ってくれたらしとくから。ひかりちゃん優先で」
残念だけど、小さい子はすぐ調子崩すものだし、これはもう仕方がない。
〈ありがとう、本当ありがとう、後で最低限のリスト送る! お金も後でちゃんと払うから!〉
「OK、待ってる」
電話を切って、ため息をついた。来られないのはもう仕方ないんだけど、爆買いのあの子が来ないとなると、今日行く店の売上がかなり減るな……。趣味店だけど、赤字出過ぎたらいつまでも続けられないし、なるたけ買い支えたいんだけど……でも他の客を連れて行くあてなんて……。
『大丈夫か?』
女の子が心配そうな顔で私を見ている。あ、そうだ。
「ねえ、あなた、自分用にもお菓子買うんだよね?」
『ん? うん』
「結構買う?」
『うまいのなら、たくさん買う!』
「よっしゃ」
私は女の子に事情を説明した。これから行く紅茶専門店で、すごくおいしい英国菓子を友達とたくさん買う予定だったのだが、その友だちが来られなくなって、その店を買い支えられなくなって困っていること。
「別にその友達くらいたくさん買えっていうんじゃないんだけど。イギリスのお菓子、すごく紅茶に合うのに知名度低いから、知らない人に布教したいっていうのもあるのよねえ」
『うまいお菓子なら、いっぱい布教される! 紅茶でお菓子たくさん食べたい!』
女の子はずいぶん嬉しそうだ。
「じゃ、ここでお菓子選び終わったら、私の車に……」
言いかけて、私はハッとした。中学生の女の子を自分の車に乗せるって、私が怪しげな人間じゃないって証明してからじゃないとまずくない? 下手したら誘拐じゃない?
と、とりあえず、名乗ろう。
「えっと、自己紹介遅れてごめんね、私、朝霧緑っていうの。お祓いもできるインテリアデザイナーやってます」
インテリアデザイナーは自称しやすい社会的身分、つまり方便だ。私がやってることはすべてお祓いなんだけど、建築物に関連したお祓いは割と多いので、建築物関連で方便の身分を作っている。
『朝霧緑さん』
女の子はきょとんとした顔で復唱した。
「業界に親族が多くて朝霧姓ばっかりだから、緑って下の名前で呼ばれる方が多いの。あなたも緑って読んでくれたら嬉しいな」
『あ、うん』
女の子はうなずいた。
『あ、その、えっと、ワシの名前、千歳』
「あら、かわいい名前」
千歳。そう言えば、朝霧姓の私じゃ顔合わせるの危険すぎて、あかりちゃんにまかせちゃってる怨霊の名前も千歳だったな。怨霊につけるには縁起がいい名前すぎるでしょと思ったけど、近頃多い名前なのかな?
『えっと、ワシの名前、かわいいか?』
女の子ははにかんだ。女の子じゃないか、千歳ちゃんか。
「うん。じゃあ、お互い名前もわかったってことで、私怪しい人じゃないから。ここでギフト選んだら、私の車乗ってそのお店まで行こう?」
『うん!』
女の子は笑って頷いた。
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