番外編 朝霧緑の紅茶生活 2

さて、横浜! と言っても、行くのは開けてない路地にある、たまにしかやらない店だけど! 茶葉もお菓子もおいしい店なのに! というか、だからこそたまにしかやってくれない趣味店なんだけど!

久々に会う紅茶友達とも話に花を咲かせたい。でも、午前から娘さん預ける先がなかなかなくて、二時すぎにしか来られないんだよねえ。

本当は紅茶がおいしいところでその友達とアフタヌーンティーしたかった。だけど、紅茶狂としては味覚障害と嗅覚障害が怖くて、コロナの後遺症が絶対治る薬がないと安心しておしゃべり外食できない。今日行く紅茶店もコロナの後遺症嫌ってアフタヌーンティーやらなくなったしな……。でも、黙食なら試飲も試食もさせてもらえるし、買い込んで家で楽しもう。

お目当ての店に行くのは二時だけど、その前に駅ナカも見ていこうと思って、ルピシアがあるフロアに向かった。普段はストレート飲むし、水出し紅茶がおいしい季節になったから、フレーバードティーも仕入れておきたいんだよね。

「あれ、やたら混んでる……」

思わずつぶやいてしまった。店員さんをつかまえて聞いているお客や、大量購入と包装で店員さんを拘束してるお客が複数。会計にもかなり並んでいて、大変そうだ。

まあ私は別に、店員さんにはそんなに用がないんだけど、中学生くらいの女の子がなんか困った顔で店員さんの方ちらちら見てるんだよね。多分用があるんだろうな……。でも店員さんの数が明らかに追いついてない……。

できることもないので、フレーバード中心に紅茶を選んでたんだけど、女の子は店員さんをちらちら見つつ、並んだ紅茶を見てうろうろし、また店員さんの様子を見て、また紅茶の棚の前をうろうろしている。紅茶を買いたいけど、店員さんになにか聞きたい感じなのかな?

うーん、別に私何かする義理は全然ないんだけど、紅茶に詳しくない人を紅茶沼に引きずり落とすのは紅茶狂の誉とするところだからな……紅茶選びで困ってることがあるなら、ちょっと話しかけて様子見るくらい、いいかな……。怪しいおばさんと思われるかも知れないけど、その時はすぐ撤退しよ。

「あの」

私は、女の子のふわふわショートカットの後ろ頭に声をかけた。

女の子が振り返る。私を見て『?』と首を傾げた。

『えっと、何?』

不思議そうな表情だけど、怪訝そうな顔ではない。多分、警戒されてはいない。

「あのね、もしかして紅茶選び困ってる?」

『!』

女の子は、助かった! というような顔で寄ってきた。

『すっごく困ってる! あのな、人に送る用の紅茶と、前飲んでおいしかった紅茶探してるんだけど、ありすぎてわかんないんだ! 送る用、アールグレイっていうの選ばなきゃいけないんだけど、それだけでいっぱいあるんだもん!』

あー、なるほど、アールグレイの時点でよくわからないくらいの子か……。そりゃ、ルピシアに来たら品数に圧倒されるわ。

「えっとね、おばさん、紅茶好きで、ちょっとは詳しいんだけど、よかったら手伝おうか?」

『本当!?』

女の子は、飛び上がるのではないかと言うほど喜んだ。

『ありがとう! あのな、送る用の、けっこういろいろ条件があるんだけど、それでもいいか?』

「条件? どんなの?」

『えっと、LINEしてもらったメモ見る』

女の子はスマホを出し、微妙におぼつかない手付きでタップした。

『えーと、ティーバッグの紅茶でいろんな種類が欲しくて、香り付きのもいろいろ欲しくて、アールグレイっていうのは特にたくさん欲しいんだって』

「なるほど、予算は?」

『五千円だけど、それで紅茶に合うお菓子も買いたいから全部は使えない』

「ふーむ」

私は少し考えた。

「うーん、ここのティーバッグ30種詰め合わせに、アールグレイ10ティーバッグのセット一袋付けたら四千円行かないくらいなんだけど、詰め合わせの方、緑茶とハーブティーも入るから紅茶は15種類くらいなんだよねえ……」

『他のお茶、おいしいやつか?』

「おいしいやつ。香り付きのも結構ある」

『うーん、ちょっとそれでいいか聞いてみる。えーと』

女の子はまた微妙におぼつかない手付きでスマホをタップし、どこかに電話をかけだした。

『今大丈夫か? あのな、いい感じのティーバッグ詰め合わせ教えてもらったんだけど、紅茶は15種類だけで、あと15種類は緑茶とハーブティーなんだって。どれもおいしいやつらしいけど』

「あ、ここ、紅茶のみのティーバッグたくさんの種類詰め合わせはないのよ、あっても三種類の紅茶詰め合わせって感じ」

補足したほうがいいかと思って声をかけると、女の子はこちらを見てお礼のようにうなずき、スマホに同じ内容を復唱した。

『…………。うん。あ、それでよさそうか? うん、アールグレイ足してもお菓子買う分ちゃんと余る。…………。え、いいのか? うん、じゃあ、うまそうなのちゃんと選ぶ!』

女の子は電話を切った。

『おすすめしてもらったのでいいって! あと、もしよかったら、紅茶に合うお菓子も教えてくれないか? お菓子の予算、千円プラスするって言われたんだ』

とすると、二千円ちょっとか。

「うーん、受けがよさそうなのはロンポワンシリーズかな、小さくて厚いクッキーなんだけど」

私は首をひねりながら言う。

『個包装なら、そのクッキーがいい!』

「個包装……うーん、小さいのだけど五、六枚入りなのよね……個包装がいいの?」

『えっと、ちょっとずつ食べるから、個包装のがいいんだって』

「うーん、じゃあ日持ちもある程度したほうがいいわけね」

その条件だと、ルピシア以外の店のほうがいろいろ選べそう。

「えっとね、私あとしばらくは付き合えるから、よかったらお菓子は別のお店で選ばない? 紅茶に合いそうなものには詳しいから」

『え、そんなに付き合ってもらっていいのか!?』

女の子は目を丸くした。

「大丈夫、私待ち合わせまで一時間近くあるから、多少は時間取れるの」

私は、女の子を安心させるように微笑んだ。

『えっと、それじゃ、お菓子もアドバイスしてほしいけど、前飲んでおいしかった紅茶探しも手伝ってくれないか?』

女の子はわたわたしながら頼んできた。よし、紅茶初心者を紅茶沼に突き落とすことこそ、紅茶狂の本懐。

「OK! どんな紅茶?」

『ええとな、ダージリンのなんとかっていったんだけど、ここの紅茶ありすぎてわかんないんだ!』

「あー、それはいろいろあるわ、じゃあ、じっくり選んでいこうか?」

人の要望を聞きながら紅茶選ぶの、楽しい。まあ、私はいろんなしがらみでそういう職業には付けなかったわけだけど……。

この小さい紅茶初心者に、なるべくよくしてあげたいな。

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