番外編 朝霧緑の紅茶生活 1

ミルクティーが飲みたい……。アッサムのフルリーフを二倍使って十分蒸らしたやつか、CTCをぐつぐつ煮込んだやつ……。

事務の金栄さんの目も憚らず、机の上で書類に突っ伏してぐったりしている。もう疲れた。鹿沼もみじの件は構成要素となった霊をほぼ見つけ、説得するなり未練をなくす手伝いをするなりして後片付けし、記録と報告もほぼ作ったのだが、一人だけ見つからないのだ。

和束ハル。

関西の〈そういう〉素質の家で、でも三十を過ぎても未婚で明らかに冷遇されていた女性。たぶん〈そういう〉素質が薄かったからなのだが、それでも控えやサブに使わない家はないのに。

ていうか、鹿沼もみじの件は絶対に和束ハルが元凶と言えるんだけど……〈そういう〉素質ありありとは言え力の使い方も知識もなかった子があそこまでやらかしたの、絶対にそのあたりを知っている霊が融合したからで、そのあたりを知っている霊の最有力候補が和束ハルだし……。

彼女は未練を持っている可能性も高いし、〈そういう〉素質が薄い弱い霊で危険性が低くても探し出すべきだと主張してるんだけど、あんまり賛同を得られない。別に止められもしてないから探せばいいんだけど、一番アンテナ張れるの私だから、探すの私だし……疲れた……。

いや、でも、今日の十七時から潔斎は一時中止にできるし、なんとかそこまで頑張らなきゃ。十七時にあかりちゃんが戻ったら、緊急時のバトンタッチ要員がいるってことで、私はミルクティーが飲めるし!

牛由来のものを口にすると〈そういう〉素質がゼロになるのに〈そういう〉素質が必須の仕事なのが本当に悔しい。休みの時しかミルクティーが飲めないしバターたっぷりのお菓子も食べられない。まあストレートの紅茶も好きだけど!

「あれ?」

私のぐったりを意に介さず仕事していた金栄さんが声を上げた。

「あかりちゃん、もう戻ってくるそうですよ。予想より早く済んだそうです」

「え!?」

私はガバッと体を起こした。

「……あのさ、今回の報告書は全部あげたし、他も今できることはだいたいやったし、私、あかりちゃんを労うのに、濃くて甘いミルクティーなんていれてもよくない?」

金栄さんは苦笑してため息をついた。

「自分が飲むついでに入れるだけでしょう」

「そうとも言う」

「私にもいれてくれますよね?」

「もちろん!」

私はいそいそと給湯室に入った。アラフォー女のこんな茶番に付き合ってくれる仕事仲間は本当にありがたい。まあ、あかりちゃんもだいぶ私の紅茶狂に慣れたので似たような反応だろうけど。

仕事場にはストレート向けの紅茶しか置いてないが、ディンブラのダストならけっこう濃く出るのでこれを煮出すこととする。小鍋に水を計って入れ、沸騰させてから計ったディンブラを投入し、弱火で三分煮出して、牛乳とついでに加糖練乳も入れてもう一度温めて濾して完成!

注ぎ分けてる間に「戻りましたー!」とあかりちゃんの声がした。私はミルクティーを満たしたカップをお盆に乗せていそいそと仕事場に戻る。

「お疲れー! 早く戻ってきてくれてありがとう! これはお礼のミルクティー」

「緑さんが飲むついでじゃないんですか?」

あかりちゃんは苦笑した。やっぱり金栄さんと似たような反応だ。

「じゃ、あかりちゃんもバトンタッチに戻ってきてくれたことだし、現時刻をもって私は役立たずになるから! いただきます!」

「はーい、ありがたくいただきます」

「私もいただきます」

三人で机に付き、ミルクティーをすする。ディンブラは紅茶の優等生で、ガツンとミルク入れるとバランスが取れている故にミルクに負けがちなんだけど、ダストを煮出すくらい強く出したから風味が負けてない。練乳もケチらず入れたからしっかり甘くてコクがある。おいしい……。

私とあかりちゃんはお互いに交代要員となっていて、非潔斎の時期を被らせてはいけないことになっている。つまり、あかりちゃんが五葷と獣肉を断っている時かつ私が休みの時じゃないと、私はミルクティーが飲めない。今日は条件が揃った貴重な、とてもいい日。

ミルクティーを飲み干し、おかわりを注ぎながら私は言った。

「まあ、もう一度言うけど、私明日一日役立たずだから。何かあったらいつでも連絡取れるようにはしとくし、アドバイスくらいはできるけど、役立たずだからね」

「留守はしっかり守りますよ」

あかりちゃんは笑った。初めてバトンタッチしたときの緊張っぷりと比べたら、隔世の感だ。大変によろしい。

「金栄さんも、経験豊富な人員ということでよろしくね」

「はいはい、あ、お代わりください」

「はいよっ」

金栄さんからカップを受け取る。一応、この仕事場では私が一番偉いのだが、下の人には「紅茶限定ならいくらでも私がいれる」と宣言してある。紅茶沼につむじまで沈んでる人間だと、周囲にこれくらい言っておいたほうが紅茶生活が捗るのだ。

明日は滅多に開けない横浜の店に行って、茶葉とお茶菓子を買いまくって、ミルクティー飲みまくってこようっと。

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