素敵な紅茶を楽しみたい

「紅茶ほしい?」

祖母とのリモート面会である。コロナで直接会うのが難しいのだが、祖母の誕生日も近いし、何か差し入れほしくないか聞いてみたら、紅茶を所望されたのだ。

〈日用品はねえ、栗田さんに頼んで通販してもらえるんだけど、ちょっとおしゃれな紅茶が飲みたいのよお〉

祖母は、血色のいい顔でにこにこ笑った。栗田さんとは、祖母の老人ホームの友達でITに達者なので、俺がその人のLINE経由で祖母に花の写真を送っている人である。

「ちょっとおしゃれな紅茶ねえ」

俺は腕を組んだ。おいしい紅茶なら、こないだ千歳に買ってあげた紅茶専門店がいい気がするが、おしゃれっておいしいだけじゃ成り立たないからなあ。

〈ティーバッグの紅茶がいいわあ、お茶っ葉のゴミ捨てるの、面倒くさいの〉

「おしゃれで、ティーバッグの紅茶ねえ。いろいろありそうだけど、もうちょっと、どんな紅茶がいいとかある?」

俺は腕を組んだ。 

〈いろんな種類が入ってるのがいいわあ。香りの付いた紅茶も飲みたいの〉

おしゃれ、ティーバッグ、いろんな種類が入ってるの、香り付きのも、か。

「うーん、香り付きだと、アールグレイが有名だけど、どう?」

〈アールグレイって、どんな香りかしら?〉

「えーと、おじいちゃん紅茶味のフィナンシェ好きだったじゃん、あのフィナンシェの紅茶がアールグレイ」

〈あら、そうなの! じゃあ、アールグレイはいっぱい欲しいわねえ〉

「じゃあ、アールグレイは絶対、たくさんね」

〈あとねえ、紅茶に合いそうなお菓子も欲しいわ。少しずつ食べるから、個包装のお菓子がいいわあ〉

「紅茶に合うお菓子か」

うーん、焼き菓子くらいしか思いつかないけど、紅茶専門店とかでセット的に売ってないかな? あるいは、紅茶専門店にちゃんと行って、そこで店員さんにおすすめを聞くか。

「じゃあ、それも探しとくよ。でも、けっこう大きい荷物になりそうだけど、置いておく所ある?」

老人ホーム、まだ直接行けてないから、どんな環境がよくわからないんだよな。

祖母はいたずらっぽく笑った。

〈大丈夫よお、何なら栗田さんが場所分けてくれるって言ってくださってるの、一緒にお茶するんだからって〉

仲いいんだな、栗田さんと。

「じゃあ、いろんな紅茶探して、お菓子と一緒にいっぱい送るね」

〈楽しみにしてるわあ〉

そんなこんなでリモート面会を終え、さてどこでどんな紅茶を買おうか、と思っていたら千歳(化粧した女子大生のすがた)にこづかれた。

『おい、ワシお祖母さんにバッチリ誤解されてるじゃないか、どうしてくれるんだ!』

「う、ごめん……」

祖母とのリモート面会の時、いつも祖母が千歳にあいさつしたがるので少し付き合ってもらうのだが、祖母は千歳を俺の彼女だとバッチリ勘違いしていて、〈いつも豊ちゃんに御飯作ってくれてありがとうね〉〈豊ちゃんをよろしくね〉と言いまくるのである。

なんでこんな事になったかと言うと、だいたい俺が悪い。夢で祖母に会わせてもらった時、俺が千歳を同棲相手とも取れる紹介をしたからである。いや、だって、あの時は生きた祖母と会えるのが最後かもしれないって思ったから、祖母を安心させたくて……。

「その、本当ごめん、俺が悪いんだけど、でもおばあちゃんのことがっかりさせるから彼女じゃないって言いにくくて……」

『お前なあ』

千歳は、もう少し俺をこづきたそうだったけど、その代わりにため息をついた。

「お前、結婚できたら、さすがにお祖母さんに直接あいさつしに行くだろ? その時、お祖母さんが全然知らん女を連れて行くことになるわけだろ? そしたらもっと説明が大変だろ?」

『そ、その通りです……』

俺は小さくなった。いや、俺の稼ぎ的に結婚なんて全然現実的じゃないんだけど、でも千歳は彼女じゃないですってことはいつか祖母にちゃんと言わないとな……。

「その、あの、コロナが減っておばあちゃんの老人ホームに直接面会できる機会があったら、その時になんとかします……。で、ちょっと困ってるのが、紅茶のことなんだけど」

俺は千歳に説明した。パッケージのおしゃれさの確認や紅茶に合うお菓子選定のためなどから、Amazonや楽天、その他ネット通販じゃなくて、ちゃんとした紅茶専門店の店頭に行って紅茶を見繕いたいこと。

「でも萌木さんと富貴さんに臨時の仕事ドンと入れられちゃって、しばらくそんな時間取れない……」

祖母を喜ばせたかったのと、いざとなれば通販で何とかなると思ったので引き受けてしまったが、確たる情報はまだまだ対人で得る方が精度が高いんだよなあ。

『そうだよなあ、お前、しばらく忙しいよなあ』

千歳はうなずいた。

『あ、でも』

千歳は何か思いついたような顔をした。

『ワシもいい紅茶欲しかったし、代わりに買ってきてやってもいいぞ?』

「え、本当?」

俺は考え込んでうつむいていた顔を上げた。でも、千歳初めて行くところ一人で行くの嫌じゃなかったっけ、と思ったら、追加で答えを言われた。

『あのな、前映画のついでに行ったカルディな、近くに紅茶専門店あったし、カルディにお菓子たくさんあるし、あそこで探すなら行ってやるぞ』

「ていうと、あそこか。ちょっと待って」

俺は少し考えて、手元のスマホでその紅茶専門店を探した。ルピシア。あー、ギフトの名前で聞いたことあるし、おしゃれさは満たしてるな。

もう少し調べ、ルピシアは費用をかければかなりいい紅茶が揃うことと、いいお菓子も売っていることを知った。うーん、ここと、足りなければカルディで事足りるかな? 祖母にあげる物を俺が直接選ばないのは悪い気がするけど、千歳のお菓子の好みはチョコミントを除けば祖母と似てるから、千歳にお菓子選んでもらうのはいい案かもしれない。

「じゃあ、悪いけど、頼んでもいいかな?」

千歳のお菓子の好みが祖母と似てることも告げ、迷ったら千歳の好きな方を選ぶといいと思う、と言ったら、千歳はドンと自分の胸を叩いて『まかせとけ』と言った。

『じゃあ、明日か明後日の午後行ってくるぞ。予算どれくらいだ?』

「うーん、ルピシアのオンラインストアもうちょっと調べてから決める。値段に幅がありまくりなんだよな……」

『幅?』

「30gで三千円する紅茶から、50gで五百円しない紅茶まであってさ」

『高! 近所のスーパー、ティーバッグ五十個で四百円しないぞ?』

「まあ、ギフト紅茶だしね。いや、でも、久々におばあちゃんに物あげるし、がんばっちゃうか」

そういう訳で千歳にある程度の金額を渡し、紅茶とお菓子をお使いしてもらうことになった。

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