番外編 ともだち作戦 下
どうして、と言う言葉が口に出てしまったみたいだった。湯船にお湯をために行っていた祟ってるやつが戻ってきて、「どうした?」と聞かれた。ワシは慌ててタブレットを抱え込んで隠した。
『なんでもない! なんでもない! お前には関係ない!』
「そ、そう? ごめん。今日の入溶剤レモンだけど、千歳も入る?」
ワシは別に垢でないからお風呂入る必要ないんだけど、好きな香りの入浴剤の時は割と入る。レモンは嫌いじゃないけど。
『えっと、今日ちょっとやることあるから入らない』
「そう、わかった」
祟ってる奴が腰を下ろして、スマホでニュースを乱したのを確認して、またタブレットを見た。当たり前だけど、狭山先生からの返事はぜんぜん変わらなくて、なんでか全然分からなくて、狭山先生にこう送った。
『どうして? なんで? ワシあいつのところにいたらあいつ楽しくないんですか?』
「そういうことではないんですよ」
『どういうことですか?』
「友達っていうのは、お互いに「この人と仲良くなりたいな」って気持ちがあってなるものでしょう。第三者が「友達になりなさい」って頼んだから、で友達になると、お互い仲良くなりたい気持ちがあっても、それがなかったことになっちゃうんですよ。頼まれたから友だちになった、になっちゃうんです」
あ……。
どうしよう、そんなつもりなかったのに。
続いて、狭山先生からまたダイレクトメールが来た。
「だから、千歳さんが和泉さんに友達作って欲しいのは分かったし、僕は和泉さんと友達付き合い出来たら嬉しいなと思ってますけど、僕が千歳さんの頼みで和泉さんと友だちになっても、それは和泉さんの楽しいことを増やすことにはならないんですよ、無理やり友達になったことになっちゃうから」
そうか……そうだな……本当にそうだ。
『どうしよう、そんなつもりなかったです、どうすればいいですか、そんな風にしたかったんじゃないんです』
すぐに返事が来た。
「今の頼みは聞かなかったことに出来ますよ、それでもいいですか?」
『そうしてくださいお願いします』
「わかりました。あのですね、もうひとつ知っておいてほしいことがあります」
『なんですか?』
「千歳さんの頼みについては、金谷家その他、「そういう」素質の家はできるだけ叶えようとする構えです。千歳さんはとっても強い霊で、とっても強く暴れられたら大変だとみんな思ってるからです。でも、今回みたいに、千歳さんの頼みを叶えることが必ずしも千歳さんの望みを叶えることじゃないっていうことはあります。それに、千歳さんがちょっとした頼みだと思ってても、千歳さんのためにたくさんの人が右往左往することもありえます。千歳さん、ちょっとした頼みで、日本中の「そういう」家の人達を右往左往させたいですか?」
え、そんなにワシのお願いって強いのか?
『させたくないです、ワシがなにか頼んだらそんなことになるんですか?』
「絶対ではありませんが、なることはありえます。もちろん、千歳さんや和泉さんに困ったことがあるならいつでも相談してほしいですし、僕たちは力になりますが、千歳さんがそうしたいわけじゃないのにたくさんの人が大変になる、なんて事態になりうるのは知っておいてほしいです」
ええっ、そうなのか!?
『ワシ、もしかして、発言力っていうのがすごいですか?』
すぐ返事が来た。
「すごいですよ」
即答だった。そ、そうなのか……。
『ごめんなさい、もう軽い気持ちで頼み事しません』
「いや、困ってるときの相談は早いうちがいいし、相談ならいつでも気軽にしてほしいです。でも、千歳さんが頼みたいことが千歳さんの望み通りになるかどうかは、よく考えてからにしてくださいね」
『うん』
「それこそ、和泉さんとよく話したりして」
『するけど、狭山先生に友達になってくださいって言ったのは秘密にしてる』
「今回の件は、和泉さんとどういう話になってるんですか?」
『あいつに友達作って欲しいと思って、狭山先生と友達になれってあいつに最初に言ったんだけど、あいつ、狭山先生と話すのは楽しいけど狭山先生は仕事だから良くしてくれてるだけかもとかうだうだ言ってて、でも、狭山先生に友達になってくれって言われたらなるって言ったから、あいつには秘密にして、狭山先生の方に友達になってくれって頼んだんだ』
「なるほど」
少し経って、また返事が来た。
「じゃあ、今回の千歳さんの頼みは、さっきも言いましたが聞かなかったことにしますから」
『うん、ごめんなさい』
「だから、今後僕と和泉さんが友達付き合いするようになったら、それは僕が自分で和泉さんと友だちになりたいって思ったからですから、安心してください」
『うん、わかった』
「僕たちは、千歳さんの相談いつでも受け付けますけど、千歳さんが僕たちに頼みたいことは千歳さんの望みを叶えることになるのかどうか、それはよく考えてください、和泉さんと話し合ったりして」
『うん』
「今回のことは、もし和泉さんになにか聞かれたら、このやり取り見せてくれても僕は全然構いませんからね」
『うん』
見せたくないけど、さっき変に思われたし、聞かれたら説明せざるを得ないかもしれない。説明するなら、このやり取り見せたほうが早いのかもしれない。
そんな感じで、もう一度お礼を言って、狭山先生とのやり取りを終えた。
次の日の昼飯で、祟ってる奴が卵スープをすすりながら言った。
「そう言えばさ、俺、狭山さんとプライベートでも仲良くなれるかもしれない」
『え?』
どういうこと?
「Discordあるじゃん? あれ、本来は仲間を集めて、その仲間内だけでやり取りするツールなんだけどさ」
『そうなのか、え、Discordでなんかあったのか?』
「あのさ、狭山さんがやってるDiscordのサーバー……仲間内のグループに招待されて。在宅仕事の人が交流する場所って感じなんだけど、生活形態が合う人といろんな雑談できるし、マダミスなんかのゲームもちょくちょくやったりしてるし、よかったらどうですかって」
え、狭山先生、じゃあ、こいつと友達になってくれるのか!?
『狭山先生と友達になれたのか!?』
「え、えっと、少なくともDiscordでは友達になったと言えるかな……」
『LINEの友達登録みたいなのか?』
「そこに行っちゃうと友達感うすいな……まあ、Discordで友達になって、招待されたサーバーにも入ったから、知り合い以上にはなったかな、と思う」
『もっと仲良くしろ! ちゃんと友達になれ!』
「俺には俺の距離の詰め方があるんだよ!」
祟ってる奴は焼き飯を頬張ってから言った。
「まあね、その、様子を見つつ少しずつ距離を詰められたらとは思ってて。今度、狭山さん主催でやるマダミスがあるから、ひとまずそれに参加させてもらうつもり」
『マダミスって、藤っておっさんが作ってたやつ?』
「そう、あんな感じの。いろんな人が作ったいろんなシナリオあるんだよ、マダミスって」
『じゃあ、そういうのたくさんやって、たくさん仲良くなれ』
「手順はゆっくり踏ませてください。まあ……」
祟ってる奴は少し思案する表情になり、それから言った。
「俺、ずいぶん長い間、自分から友達作ろうとしてこなくて。でも、それよくなかったなって。これからは、仲良くなれそうな人見つけたら、少しずつでいいから距離詰めていこうかなって」
『なんで自分から友達作んなかったんだ?』
祟ってる奴は、寂しそうな笑いを浮かべた。
「……まあ、楽しい話じゃないんだけど、そのうち話すよ」
『え? う、うん』
え、もしかしてこいつがつらい話か?
『べ、別に無理して話さなくていいからな』
「いや、そんな顔しないで。俺、人生少しずつ良くなってて、自分から友達作るのまたやろうって思ったの、俺の人生にとっていいことだから」
祟ってるやつは笑った。さっきと違って、屈託のない笑いだった。
……こいつに友達ができそうでよかった。狭山先生に、こいつと友達になってくださいって頼んだのをなしにしてもらって、本当によかった。
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