番外編 ともだち作戦 上

祟ってる奴が、ちょいちょい狭山先生と打ち合わせるようになった。漢方の豆知識をたくさん話してて、親の話もたまにしてる。

嫌な話をしなきゃいけないみたいだから、ちょっと心配してたけど、祟ってる奴は割と楽しそうだ。狭山先生とは、お互い自由業だから通じるところがあるらしい。さっきも、新作で主人公が勤める店をどう儲けさせるかから税金の話になって、確定申告が嫌だとか、インボイス消滅してくれとか愚痴り合ってた。

〈じゃあ、未病にも焦点を合わせる薬局ってことにして、最初の儲けエピソードにアンコ工場から出る小豆の煮汁と陳皮の煎じ汁合わせてむくみにいいお茶作るっていうの使います〉

「そうしてください。まあ、腎臓が悪い人なんかには普通に食事制限と薬で対応ですけど、梅雨時はむくむ、ってくらいの人ならいい組み合わせなので」

祟ってる奴は、話しながらキーボードをカタカタしてる。前、パソコンでの打ち合わせのメモはその場で打ち込んでるって言ってた。

〈未病チェックのサイトもありがとうございます、教えてくださって〉

「いえいえ。でも、ネットの漢方体質診断としてはかなりよく出来てるので、一度やってみて参考にしてください」

狭山先生が苦笑するような声がした。

〈水滞って出るんだろうなー、僕〉

「私は気虚で下焦の虚って出ましたよ」

祟ってる奴も苦笑した。

〈いやー、自分の体一本の仕事だから健康に気をつけなきゃいけないのはわかってるんですけど、ずっと机にいると口寂しくてつい何か飲んじゃうんですよねー〉

「あー、わかります、気分転換につい、ね」

祟ってる奴は深くうなずいた。

〈なんか、たくさん飲んでも大丈夫にする漢方薬とか無いですかね?〉

「うーん、余計な水を出す薬はいろいろあるんですが……。ちゃんと合う漢方薬を選んで出せる専門家は、水分取りすぎをやめて、体動かして汗で出すのもしろっていいますよ、絶対」

〈わー、運動嫌い……。いや、でも、今の話もいいから、話に使うかもしれません〉

「どうぞどうぞ」


そんなある日、買い物から帰ったら、郵便受けに祟ってる奴宛の封筒が入ってた。横浜国立大学からだって。

ただいまして、手洗いしてから、封筒を祟ってる奴に渡した。

『お前に封筒来てるぞ』

「あ、ありがとう」

祟ってる奴はパソコンに向かって仕事中だったけど、別に手が離せないわけじゃないらしくて、封筒を受け取って開け始めた。

『仕事の関係か? お前、大学とも仕事するんだな』

横浜国立大学って、確か狭山先生がTwitterで母校だって言ってた。

祟ってる奴は、首を横に軽く振った。

「あ、いや、仕事じゃない。多分、寄付のお願いとかだな」

『寄付?』

祟ってる奴は封筒の中身を抜き出して開いた。

「えーと、来年百五十周年だから、寄付集めてるみたい。卒業生にあらかた送ってるんじゃないかな、寄付のお願い」

『ん? え?』

卒業生に送る……こいつにも送られてる。

『え、じゃあ、この大学って、お前が出た大学なのか?』

ワシは横浜国立大学って書いてある封筒を指さした。

「うん」

祟ってる奴は、こともなげにうなずいた。

『横浜浜国立大学ってことは、えっと、国立大学で合ってるよな?』

「そうだけど。どうした?」

不思議そうに首を傾げる祟ってる奴。え、じゃあ、ということは。

『お前、国立大学出てるのか!?』

「え、うん、そうだけど。私立なんてお金かかるとこ行けないよ」

別に、偉ぶってるわけでも鼻にかけてるわけでもない態度。でも、普通は安いってだけで国立大学行けないだろ!?

『お前、国立大学に行けるくらい頭よかったのか!?』

「え、驚いてたのそこ?」

祟ってる奴は封筒の中身を机に置いた。

「いや、別に頭はそんなでも……まあ、受験勉強は頑張ったけど……」

祟ってる奴は当惑した顔をしてるが、ワシもだいぶ当惑してる。びっくりして頭になかなか染み込んでこない。ていうか、こいつ、高学歴なら早くそれを言えよ!

『お前、高学歴ならモテるのに使えるだろ! なんでそういうこと早く言わないんだよ!』

ワシは祟ってる奴の肩を両手で掴んだ。

「いや、モテないよ」

祟ってる奴は、なぜか遠い目になった。

「高学歴はね、高収入とセットじゃないとステータスにならないんだよ……」

『身もふたもないこと言うなよ!』

確かに、高収入一本だけでモテるけどさ!

もっと問い詰めたかったけど、買い物の荷物をほっといたら肉が傷む。とりあえず、エコバッグを冷蔵庫に持って行って、中身を詰めることにした。

詰めながら、でももっと早く言えよと言う気持ちがおさまらなくて、ワシは愚痴るように言った。

『でもさあ、お前さ、頭いいってだけでも、寄ってくる女はいそうじゃないか。もっと早く言えよ』

「いや、別に、俺、自分のことそんなに頭いいと思ったことないしな……」

国立大学行ってて頭悪いわけないだろ、と思ったけど、祟ってる奴を見たら本気で困った顔で首をひねってた。

『国立大学なら絶対頭いいだろ!』

「うーん、まあ、平均よりは学校の勉強できたと思うけど、それだけだよね」

祟ってる奴は、ちょっと考える顔になり、付け足すように言った。

「なんて言うかね、世間的には高学歴だって頭ではわかってるし、俺はそれなりに成績良かったけど。もっと頭のいい人なんてたくさんいるから、自分がすごいとはとても思えないんだよな」

『どこにたくさんいるんだよ、そんな頭いいやつ』

冷蔵庫に荷物を詰め終えたので、ワシはまた祟ってる奴を問い詰めに行った。頭いい奴、そんなに数多くないだろ?

祟ってる奴は、ため息まじりに言った。

「いや、もう、すごい人は、高校にも大学にもたくさん。同じ高校で東大受かる人何人もいたし、体育系の部活を高三の夏までガチでやってたのに現役で医学部受かる人もいたし。そういう人と比べたら、帰宅部でずっと勉強して、やっと横国に受かる自分がすごいなんて、とても思えないよ」

『うーん、まあ、文武両道はすごいけどな』

こいつ、体育系の部活なんて体力的に出来そうにないし。

祟ってる奴はぼやいた。

『それにさ、大学に行ったら行ったで、成績優秀な上に起業してガッツリ稼いでる人いるし、他を見ても一流企業就職した人たくさんだし、東大とか外国の大学院に行く人も珍しくないし、そういうのばっかり見てると、自分がすごいとはとても思えないんだよね」

『うーん……』

こいつよりすごい奴もたくさんいるのか……。頭いいやつが集まるところには、もっと頭のいいやつもたくさんいるんだな……。

『いや、でも、国立大学ってだけで普通は頭いいと思われるんだから、もっと押し出して行けよ』

ワシは祟ってる奴の背中をどやした。

「うーん、塩梅が難しいんだよ……。学歴だけ言っても仕事が伴ってないとさ……。学歴を鼻にかけてると思われたくもないし……それに、本当にすごい人たちの前で横国卒って言っても、しらっとした目で見られるだけだし……」

祟ってる奴は、かなり悩まし気な顔をしている。でもなあ。

『でも、横浜国立大学は狭山先生の母校なんだぞ! もっとすごく自慢しろ!』

「え、狭山さんも横国なの?」

祟ってる奴は目を見開いた。

『えっとな、大学のインタビュー受けたって狭山先生が今朝ツイートしてて、それ読んだら、横浜国立大学卒って書いてあった』

インタビューで、いい大学時代を過ごしたみたいなこと言ってたから、難しい大学ってだけじゃなくて、いい大学なんだと思う。

「へー、じゃあ狭山さん、俺の先輩なんだ」

『今日も午後打ち合わせなんだろ、狭山先生と』

「うん、俺も横国なんですって言ってみる」

『そうしろ』


午後、祟ってる奴は、また狭山先生と打ち合わせして、話の終わり頃に同じ大学出てるって明かして、二人で盛り上がってた。

「だから、大学のどっかですれ違うくらいしたかもしれませんね」

〈そうですねー、僕は教育学部だったんですけど、和泉さんは理系でしたよね?〉

「そうです、理工学部の化学・生命」

〈あー、なら中央図書館あたりですね、かぶる行動範囲は〉

「そうですね、図書館よく行きましたから、その辺りですれ違ってるかもしれませんね」

二人とも声が笑ってる。

祟ってる奴、仕事のために狭山先生と話してるわけだけど。なんか、萌木っておっさんと話してるのとは違う和やかさがあるんだよな。仕事相手だから礼儀正しくにこやかにしてるんじゃなくて、普通に話してて楽しそうだ。

……ていうか、こいつがワシ以外と楽しく仲良く話してるの、見るの始めてかもしれない。こいつ、友だちいないし……。

打ち合わせの後、祟ってる奴のおやつに豆腐白玉のみたらし団子を出してやって、ついでに聞いてみた。

『なあ、狭山先生との打ち合わせ、楽しいか?』

「ん? うん、楽しい。なんかね、割と話が合うんだよね」

祟ってる奴は笑顔でうなずいた。

『そんな感じだな』

「傍から見ててもそう?」

『うん』

話してて楽しい……でも、こいつには友達がいない……。

友達って、新しくできたら嬉しいよな。こいつ、友達できたら嬉しくて、そしたらいなくなったりしにくくなるかな?

それなら、狭山先生、こいつの友達になってくれないかな?

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