依頼はちゃんと引き受けたい
『七月楽しみだなあ、早く七月にならないかなあ』
千歳(黒い一反木綿のすがた)がタブレットを見ながらつぶやく。狭山さんの小説のアニメが七月からやるのだが、その予告編を見てから千歳はずっとそのアニメに心が飛んでいるのだ。
「割ときれいな絵だったよね、うまくいくといいね」
俺もさっき付き合ってその予告を見たので、素直な感想を漏らした。俺自身は無料のWeb漫画や小説ばかり見ているのだが、インターネットをさまよっていると受動喫煙でアニメに関する情報も割と入ってくるので、日本のアニメはものすごくたくさんあることと、すべてのアニメがうまくいくわけではないことを知っている。
狭山さんのアニメ、前評判は悪くないので、いい出来ならいいな。それなら千歳の喜ぶ顔が見られるし。
『令和のアニメってすごくきれいなんだな! CGってやつか?』
千歳はまたタブレットで予告編を再生しつつ、見とれている。そうか、昭和のアニメに比べたら令和のアニメは進化してるよな。でも、今タブレットに映るアニメはCGって感じじゃなかったな。
「うーん、少なくともこの予告には、そんなにCGないんじゃない? アニメのCGって、バトルでものすごく動くとか、いろんなものをものすごくたくさん動かすとかによく使う感じだから」
『そっか、主人公と周りのキャラの顔見せって感じだもんな』
千歳は納得したようにうなずいた。
俺のスマホが震えた。この震え方はLINEだ。なんだ? 個人的なつながりの人以外通知来ないようにしてあるんだけど、星野さんとかかな?
スマホを見てみたら、なんと狭山さんからだった。え、噂をすれば影? ていうか、何の用だろう?
とりあえずトークルームを開くと、狭山さんからはこう来ていた。
「突然すみません。和泉さんに仕事を依頼させていただきたいんですけど、LINEじゃなくてTwitterのDMとかメールからの連絡の方がいいですか?」
ガチの依頼じゃん。え、何? 千歳関連のことじゃなくて俺に?
ひとまず、こう返した。
「今時間空いてるので、LINEで伺えますよ。見積り無料でやります。どういったご依頼ですか?」
狭山さんから、お礼の言葉とともにすぐに詳細が来た。今新作のネタを考えていて、それに漢方の知識、それもできるだけ正確なものを使いたいから、漢方薬局が実家で、漢方だの薬膳だのの記事も書いてる俺からその辺の知識を仕入れさせてほしいんだそうだ。
「てんころの他にも書くんですか?」
「てんころ、実はもう最終巻の原稿上げたんですよ。だから、次を考えないと僕、仕事なくなっちゃうんです」
マジか。展開的に来月の新刊ではまだまだ話終わらなさそうだから、次の次以降で終わるんだろうけど、発行までにかなりタイムラグあるんだな……。
続いて狭山さんからまたラインが来た。
「今、担当さんにも和泉さんに原案監修を頼むかもって言ってまして、その辺の依頼についての契約書作るの手伝ってもらってるんです。ただ、僕のほうが何をどう聞いていいかちゃんとまとまってないので、まず先に二時間くらいZoomか何かでお話しながら叩き台作らせていただけないかと思うんですけど、ダメでしょうか? 叩き台の分も、もちろんお礼お支払いします」
うーん、そうきたか……。
漢方については、まあある程度は行ける。不安材料は、仕事を依頼してくる人がやりたいことまとまってないっていうことだけども、まとまってないことを認識してて、だから叩き台を作らせてほしいっていうなら、ひとまず安心かな。中には、やりたいこと全然まとまってない上、やりたいことがまとまってないことをわかってない、みたいなクライアントもいるし、そういう相手に比べたらずいぶんマシだ……。
で、まず打ち合わせ二時間か。どうしようかな、お金請求できるならするのが筋なんだけど、俺、個人的にこないだ狭山さんに頼み事して、それ引き受けてもらって、ものすごく助かったからな。
いや、父親を炎上させられるツイートの拡散を頼んだってだけだけどさ。狭山さん、作家名義の表アカウントはすごく健全にやってるし、裏アカウントなんて性癖は丸出しだけどそこでもセンシティブな話題はすごく気を使ってる人だしな。いい意味でインターネットをうまく使ってる人に、あのツイートの拡散を頼むの、かなり賭けだったし、そういう人に拡散してもらえたの、俺はすごく助かったんだよな……。
俺は、商売として、かなり勉強することにした。
「前、ツイートの拡散をしていただいてとても助かったので、二時間打ち合わせて叩き台作るのは無料でお引き受けします」
「いいんですか!?」
「 でも、叩き台できたら、それ以降は契約書交わして報酬いただきますよ」
「ありがとうございます! 担当さんと打ち合わせてちゃんと契約書作ります! ありがとうございます!」
なんかめっちゃ喜ばれた。それからしばらくやり取りして、打ち合わせの日時も決めた。
今回の依頼については、SNSなどインターネットにはまだ書かないでほしいと言われたけど、千歳だけに話してそこだけの話に留めるなら大丈夫、とのことだったので、俺は千歳に狭山さんから依頼が来たことについて話した。千歳は飛び上がってびっくりした。
『お前、狭山先生の小説手伝うのか!? しかも新作!?』
「てんころもう最終巻書き終わったから、新しいの考えないといけないんだってさ」
『てんころ終わっちゃうのか!?』
「話的に、主人公の暗殺期限が三年だからねえ。そこに決着付けたら、あとはエピローグ書いておしまいって感じじゃない?」
『でも、まだ一年弱くらい残ってるぞ!』
「次の次で終わりなんだけど、最終巻が上下巻なんだってさ」
『じゃあ、あと三冊か……うーん、じゃあ三年経つかなあ』
千歳は腕を組んで考え込んだが、やがて顔を上げて言った。
『でも、新作考えてるってことは、てんころ終わっても狭山先生の本読めるってことだよな!』
「そうだねえ、なんか、新しいの書かないとと仕事なくなっちゃう、とか言ってたし」
大まかなくくりで言えば、狭山さんも俺もフリーランスである。仕事を受けてやり続けないと即無職、と言う焦りは非常にわかる。
千歳は俺の肩をバンバン叩いた。
『お前、狭山先生の小説手伝わせてもらえるなんて出世したな! がんばれよ、お前が足引っ張って狭山先生の小説面白くなくなったら承知しないぞ!』
「はいはい」
『返事は一度!』
「はい」
別に言われなくても、千歳がファンの小説家さんの新作の手伝いならがんばるよ、俺。狭山さんに面白い小説たくさん書いてもらって、千歳を楽しませてほしいもんな。
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