親の面倒見きれない

なんで、困った親への対応について相談されるようになっちゃったんだろうな、俺。仕事で世話になってる、尊敬してると言ってもいい相手にまで相談されるとは……。


zoomで顔を合わせた萌木さんは、いつもの快活な様子とは違って、思い詰めた顔をしていた。

〈身内の恥を晒すようだけど……困ってるんだ、母親の扱いに。こんな個人的なこと相談して悪いと思ってるんだけど、和泉さんみたいな人ならわかってくれるかもと思ってさ……〉

萌木さんは、ポツポツと話した。

萌木さんの母親は昔からパワフルで口うるさかったけれど、年をとるに連れて子どもたちへの過干渉がひどくなって、一人暮らしを始めた萌木さんや萌木さんの妹さんの家に三日日とあけずに襲来し、生活にあれこれ口出ししてくるようになったとのこと。

萌木さんは、以前結婚して関東に住んでたのだが、その結婚した家にも毎週のように母親が襲来し、結婚生活にずっと口出しされ続けて、奥さんが精神のバランスを崩してしまったとのこと。

萌木さんは頑張って母親に対応していたのだが、奥さんにこれ以上負担をかけられないも思って離婚して、九州の実家に戻って、母親の無聊を慰める生活に入ったそうだ。

〈母親が過干渉なのは、うまくかわすの慣れてたたつもりだったんだけどさ。でも、一度母親と離れて暮らして、大事な人が出来て一緒に暮らして、母親のうるさい声を聞かずに暮らす生活もあるって知っちゃってから、それを手放して、母親をなだめ続ける生活が、苦しくてさ……〉

萌木さんの後ろの背景は、普段打ち合わせする時に見る白い壁紙とは違って、どこかの喫茶店らしき背景だ。多分、家じゃなくて外に出て、俺と話している。こんな話だもんな、そんなに困ってる母親と同じ家の中で、話せないよな……。

〈俺の嫁だった人な、こんななのに、俺のことは許してくれてて、母親の干渉さえなければ、また一緒に暮らしたいって言ってくれてるんだ。俺、その人と子供が欲しかったんだ〉

「それだったら、もうお母さんのことなんて振り切って、元奥さんとまた一緒になれるじゃないですか」

そういうと、萌木さんはひときわ辛そうな顔になった。

〈でも、今母親を押さえる人間がいないと、母親、今度は妹のところに押しかけるかもしれなくて……妹、妊娠中で……せっかくあいつは結婚がうまく行ったのに……〉

萌木さんは、両手で顔を覆ってしまった。

〈ごめん、こんな事相談されても困るだけだよな。でももう辛くて、どうしようもなくて、そんなとき和泉さんのこないだのツイート見て、親にこんな風に相対できる人いるんだってびっくりして、しばらく考えてたけど、なんかもう抱えきれなくなっちゃって……〉

「…………」

自分だけじゃ抱えきれない事柄は、たくさんある。わかる。誰かに話を聞いて欲しくなることもある。わかる。

俺は、千歳が来てから、自分がそういうものを抱えていて、話を聞いて欲しくなること、聞いてもらうだけですごく楽になるってこと、本当に身に沁みて感じた。

でも、萌木さんのこれは、俺が話を聞いて、それでおしまいにするには、キツすぎないか?

俺は、思い切って言った。

「私は、萌木さんが話を聞いてほしいって言うなら聞きます。協力できることがあれば、したいとも思います。でも、萌木さん、お母さんのところにいるの、もう嫌で、我慢出来ないんじゃないですか?」

〈…………〉

「私は、親から独立して、もう十年以上ろくに連絡取ってない人間です。そういう人間に話をしに来るっていうのは、本心としてはもう、お母さんと暮らしたくないんじゃないですか?」

〈……でも、どうしていいか……〉

「そうですね……。ここまで、萌木さんのお父さんに関して、全然お話を聞いてませんが、もしかして亡くなってらっしゃいますか?」

〈全然生きてる。ちょっと高血圧以外は元気〉

「そうですか……」

俺は考えた。

俺の両親のことを思い浮かべる。俺の両親で、まず第一に困る人間なのは母親だ。で、父親は、母親の困ったところを放置……というか、利用して、母親の趣味主張を助長しつつ、自分の稼ぎにしているところがある。

ていうか、俺の母親も割と俺の健康についてあれこれ過干渉に、あれを飲めこれを飲めとやる人だったけれど、なんで俺が母親から割とするっと逃れられたかと言うと、母親、なんだかんだで父親を頼りにしてて、困ると父親にまずすがるからってところがあるかも……。母親のアロマ狂いと反医療に答える形で、父親は仕事を広げてるわけだから……。

逆に言えば、萌木さんについては、萌木さんのお父さんが動くようになれば、萌木さんが被害を被らないのでは?

「思うんですが、萌木さんのお母さんが困った人で、それで子どもたちが大変な思いをしてるんなら、動くべきは、まず、萌木さんのお父さんなんですよ。お父さんにお母さんを止めてもらうべきです」

〈何もしない人なんだよあの人。家のことは全部母親に任せるって公言してるから〉

「……そういう人であっても、子供がお母さんへの連絡手段をすべて絶って、お母さんにお父さんしかいない状態にすれば、向き合わざるを得ないと思いますが」

やらないなら、やらざるを得ない状態に追い込むしか無い。

萌木さんはため息をついた。

〈……まあ、それはひとつのやり方だけど、現実的じゃないよ……。母親、とにかくパワフルだから、着信拒否したら突撃してくるタイプだし〉

「今すぐは無理でしょうね。でも、妹さんが無事に出産して、しばらく経って、落ち着いてからなら、妹さんや妹さんの旦那さんと相談して、計画を練ってもいいんじゃないですか?」

〈…………〉

「お互い引っ越して、住民票と戸籍に閲覧制限かけて。警察にも相談して、捜索願不受理届とか出して。やることはたくさんありますし、下調べしといて損はないですよ」

萌木さんは、複雑な顔になった。

〈……和泉さん、なんか詳しくない?〉

俺は、少しだけ笑った。

「大学で一人暮らし始めた時は親に住所教えましたけど、就職して引っ越しし直した時に、まあ、いろいろ」

俺は、両親に大いに思うところがある。引っ越しし直した時、祖母には住所を伝えたから、そこからわかるっちゃわかるんだが、そこからさらに引っ越したからなあ。

〈……和泉さんに相談してよかったんだな、俺……。そうか、今すぐじゃなくても、将来に向けてできることはある、か……〉

俺は言葉を重ねた。

「大事な人がいて、その人も自分も一緒に暮らしたいと思ってて、子供もほしいと思ってるのに、親の問題のせいでそれが出来ない、子供を持つことができないって、かなりグロテスクだと思いますよ、正直」

〈……そうだね……人に言われると、そうだなって思うね……〉

「…………」

そこまで深く考えず、かなり感性から出た言葉だったが、内容を反芻すると自分にもぶっ刺さる言葉だな……。

別に、親がどんな人間であっても、子供がどう生きていくかっていうのはまた別の話なんだよな。俺は母親のやることに加担しちゃって、友達の家庭を壊したからアレだけど、萌木さんみたいな人だったら、親を手放して自分が幸せになることに、全然ためらいを感じる必要、ないもんな。

その後も、いろいろ話して、「今すぐ事態を変えられるわけじゃないが、将来に向けてやれることはたくさんあり、要は萌木さんの覚悟の話」ということになった。

〈でも、覚悟、すぐできるかわからないな……〉

萌木さんは暗い顔になった。

「話聞くなら、またいつでもします」

〈……また個人的にお願いするかも……あ、そういえば今回のお礼なんだけど〉

「いや、いいですよ。でも、萌木さんが覚悟できたら、その時は教えてください」

萌木さんの仕事を初めて受けた時、萌木さんがブログにまとめていた懇切丁寧なWebライティング指南書にすごく助けられた。Webライターとして基礎的な、でも重要なことばかり集めた指南書で、今になっても仕事にすごく役立っている。恩人と言っていい相手なので、今日のことくらいは全然構わない。


……ただ、萌木さん以外にも頻繁にこういう相談を持ちかけられるようになったら、困るな……鹿沼さんにも、相談にいつでも乗るよって言っちゃってるし、正直、俺のキャパシティが限界になる……。

そんなこんなで、俺は萌木さんとの話が終わってからもしばらく考え込んでいたが、千歳と話して「自分のこと優先しろ」と言う意味のことを言われて、少し思い切れた。

そうだよな、人生で何が大事かって、自分の生活を確立して、大事な人と楽しく暮らすことだもんな。

他の人も楽しく暮らしてほしいし、そのために手を貸すこともあるけど。自分の暮らしを守って、その上でやれるなら、くらいじゃないといけないよな。

俺は、俺の守りたい暮らしは、千歳と毎日顔を合わせて、何でもない話をしながら食卓を囲むことで……。それを守るために一番やらなきゃいけないことは、仕事して生活費を稼ぐことで……まあ、うん、仕事を頑張ろう。筋トレもやらなきゃだ。

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