番外編 誰かに打ち明けたい話

夕飯の後、スマホをいじってた祟ってる奴が、少し気難しい表情で顔を上げた。

「ねえ千歳、明後日、星野さんとココス行くよね?」

『ん? うん』

こいつがこないだ、チョコミントフェアをやるファミレスがあるって教えてくれて、星野さんにその話をしたら、「あそこ普通のメニューもおいしいのよ、すいてるときに行きましょうよ」と誘ってくれたのだ。

「……その日さ、ちょっと長めにココスで時間つぶしててくれない? 何ならその分、お金出すし」

『どうした?』

「うん、あの、俺もまだ詳細わかんないんだけどさ」

祟ってる奴は話してくれた。萌木っていう、こいつが仕事で世話になってるおっさんから個人的に相談したいって連絡があったんだそうだ。なんの相談かわからないけど、個人的なことだから、こいつ以外の耳に入れてほしくないんだって。

「萌木さん、自分でもどこから話せばいいか詳しくまとまってないから、Zoomか何かで顔合わせて話を聞いてくれないかって言うんだけどさ。千歳が留守の時に話し聞きますって言えば、ちょうどいいかなと思って」

『ふーん。まあ、昼とおやつ一緒にココスで食べる感じだから、結構長くいると思うぞ』

「お昼から夕方くらいまではいない感じ?」

『そんなもんだな。夕飯の支度あるから、遅くても四時頃には帰るけど』

「じゃあ、明後日の昼から四時頃までなら話せますよって返事しとく」

『わかった』

もし早く食べ終わっちゃっても、四時くらいまで外で適当に暇潰すか。でも、そんなに聞かれたくない話って、なんなんだろうな?


……という話を、チョコミントかき氷を食べながら星野さんにした。星野さんは小首をかしげた。

「個人的なことってわざわざ言うなら、仕事じゃないのかしらねえ」

『別にワシ、聞いても他の人に喋らないのにな』

祟ってる奴は、ちょくちょく「ここだけの話だからね、星野さんにも言わないでね」と念押しして、ゴーストライターみたいなことをやっている仕事の話をしてくれる。化粧品のコラムだのコーヒーのおすすめだの薬膳の解説だの、えらい専門家監修と言う宣伝の元、割といろいろ書いてるらしい。もちろん、星野さんにも、他のやつにもそれは漏らしてない。ワシ、けっこうえらいと思う。

『なんか、いつもいい仕事くれるおっさんらしいし、いい仕事の話だったらいいなと思ったけど、やっぱり違うのかなあ』

ワシはため息をついた。星野さんは苦笑した。

「何でも都合よくは行かないわね。でも、一緒に仕事して、信頼できる人だって思ったから、個人的な相談持ちかけたところはあるんじゃない?」

『それは、そうかもしれないけど』

あいつ、真面目に仕事してるしな。

「で、仕事で信頼されたっていうのは、有能ってだけじゃなくて、口が固いとかもあると思うのよね。最近、守秘義務とか個人情報とかうるさいし」

『うーん、それはあるかも……』

あいつ、「自分がこれを書きました」っていうの、相手に許可取らないと言えないって言ってて、ツイッターとかホームページでも、ワシに「言わないでね」といった仕事は全然やったって言ってない。そうか、あいつ、口が固いから信用されてるのか。いや、じゃあそもそもワシに話すなよと思うけど。

うーん、普段の仕事については、ワシだけが知ってるならまあいいけど、今回のはワシですら聞いちゃダメなのかな? 

どんな事がすごく気になるけど、あいつの仕事が減るようなことがあったら、あいつが稼げなくなるし、そしたら女ひっかけにくくなるし、そしたら子供作るチャンスが遠のく。それはダメだ。


その後、あんまり気にしたくなかったから、次のメニュー頼むついでに話を変えて、星野さんの孫娘の写真をたくさん見せてもらった。令和の子育ては平成の子育てから変わってることがたくさんで、孫に会うと、娘さんからあれはダメこれはダメって口うるさく言われるんだって。

ワシは祟ってる奴の誕生日にドレスドオムライスっていうきれいなオムライスをうまく作れて、その写真を祟ってる奴のお祖母さんに送ったら「素敵なオムライスねえ」とほめてもらえた話とかをした。

おしゃべりしながら、チョコミントメニューを全制覇した。ずっとチョコミントフェアやってたらいいのにと思った。

お土産に、星野さんちの梅とビワをたくさんもらって、家の近くまで星乃さんの車で送ってもらった。まだ四時にはちょっと早かったから、近くのコンビニでお菓子を見て時間を潰してから帰った。

『ただいま! ビワもらったぞ!』

「あ、おかえり……」

祟ってる奴は、なんか冴えない顔だったけど、仕事机から立ち上がってワシの所まで来た。ワシは、やっぱり気になって、つい聞いてしまった。

『相談、うまく行ったか? あ、いや、どんな相談だったか教えろっていうんじゃなくて、うまくいったかだけ教えればいいからな』

こいつの仕事の信用に関わるから、相談内容は聞きたいけど聞いちゃダメだ。でも、うまく行ったかくらいなら聞いてもいいだろ?

祟ってる奴は、なんだか難しい顔になった。苦しいのかと思うような表情だった。

「うまくいくかどうかは……萌木さんの気持ち次第なところがあるから、正直よくわかんない。できるだけのアドバイスはしたけどね」

『……?』

よくわからない。すぐ解決することじゃなさそう、っていうのはわかったけど。

「まあ、その、俺もいろいろ考えることがあってさ。萌木さんの相談内容そのものじゃないけど、その、夕飯の時にでも聞いてくれないかな?」

『うん、わかった』

朝ゆでて冷やしておいたネギと戻した乾燥わかめで酢味噌和えを作る。やっぱり朝ゆでた鶏胸肉を切ってネギだれをかける。ついでにキャベツと豚こまで回鍋肉もどきを炒める。

そんなこんなでできた夕食をつつきながら、祟ってる奴は話した。

「こないださ、俺、父親が反ワクチンのくせにワクチン打ってて、自分で書いたような顔して他の人の書いたものをパクりまくってるってネットで告発して、炎上させたじゃん」

あんまり明るい顔じゃない。明るい顔をする話題じゃないのは確かだけど、それ以外のものもある感じがする。

『なんか、仕事的にまずかったのか?』

「ううん、仕事的には大丈夫。ただ、なんていうかね、鹿沼さんもそうなんだけど、親が大変な人で、親に苦労させられてる人っていうのは、結構いるもんだなと思ってさ……」

『……?』

話の流れからすると、萌木っておっさんも親で苦労してるのか?

『萌木っておっさんも、親が悪い奴なのか?』

祟ってる奴は慌てた。

「あっその、その辺りは突っ込まないでもらえると……その……何も言えません、言わないでって言われてるから」

『ならわかるように言うなよ!』

「いや、それはほんとごめん、いやね、俺の立ち位置について、どうしようかって話したくてね」

祟ってる奴は、ゆで鶏をつまんだ。

「あのさ、俺はさ、親との関係がかなりうまく行ってないし、現在進行系で悩んでるけど、似たような立場の人に助けてくれって言われたら、なるべく助けてあげたいと思うんだ。子供の立場として、辛いのがすごくわかるから」

『うん』

「でもさ、そればっかりもやってられないんだ。俺、ただでさえ体力ないし、仕事とか、生活のほうが優先だし」

『まあ、そうだよな』

「でも、俺さ、炎上させちゃったせいでさ、「そういう親への対処に一家言ある人」として認識されちゃったっぽいんだよ。だから、これからも、それ系統の相談もちかけられることが結構あるかもって思って……どうしようかって……」

祟ってる奴は、かなり困ってるみたいだ。

うーん、話をまとめると、萌木っておっさんに悪い親に関する相談されて、今後もいろんな人にそういう相談されそうで、でも仕事との兼ね合いもあるし、困るってことか。

『うーん、かわいそうだけど、無理なら断るしかないだろ。お前は仕事して稼いで、嫁見つけて子供作るのが優先だ』

そのために、こんなに世話してるんだぞ、ワシ。

「まあ、そうだよねえ……」

祟ってる奴はため息をついた。

『断りにくい時は手伝ってやるから。でかくてごつい男になって、凄んでやるから』

「いや、いいよ、自分で断れるよ」

祟ってる奴は片手を振った。

「今相談されてることに関しては、乗りかかった船だし、できるだけのことするけど、それ以外は自分の生活優先にする」

『そうしろ』

「千歳と話したら思い切れたよ。話してよかった」

祟ってる奴は少し笑った。今日帰ってきてから、初めてこいつの柔らかい表情を見た。ずいぶん悩んでたんだな。

『まあ、でも、悩み相談受け付けたら仕事もらえるとか、稼げそうならやってもいいぞ』

「お金取るのは無理だよ、専門家でもなんでもないんだし」

祟ってる奴は苦笑した。

「回鍋肉、おいしいね」

『回鍋肉もどきだぞ、甜麺醤入ってないし、豚バラでもないし』

「おいしければなんでもいいよ。まあ、毎日頑張って仕事して、おいしくご飯食べられるように頑張るのが一番だよね」

それはそうだな。作る方としても、うまいって食べてもらうほうが嬉しいしな。

『筋トレ頑張って、もりもり食えよ』

「頑張るけど、体力しょぼいからちょっとずつね……」

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