相談相手がいてほしい

千歳が俺を太らせようと頑張ってくれていて、日々プリンだの蒸しパンだのさつまいものレモン煮だの作っているので、俺としても努力しようと思う。具体的には、できる範囲でだけど、筋トレを始めようかと思っている。

というわけで、体力しょぼしょぼ人間でもできる筋トレを探さないといけないわけだが、実は、体力しょぼしょぼ人間でもできる筋トレをアドバイスしてくれそうな人に、一人あてがある。

鹿沼さんだ。

あの子とはLINEでちょいちょい連絡を取り合っていて、まだ反医療とか陰謀論にフラフラ行きそうな彼女のお母さんを引き止めるためのアドバイスをしている。今のところ、引き止めには成功しているようだ。こないだも、

「野菜いっぱい入れるなら、チキンラーメン食べていいことになったんですよ! お母さん、最初は有機野菜じゃなきゃだめって言ってたんですけど、和泉さんが言ってた本読ませたら、スーパーの普通の野菜でもいいって言ってくれました!」

と、喜ぶ猫のスタンプ付きで報告があった。

彼女は現在、お母さんといっしょに、現代の栄養学ベースで日々の食事を見直している。鹿沼さんだけで食事を作ることもあるそうだ。

鹿沼さんのお父さんは、単身赴任をやめて、できるだけ早く家に帰るようになって、収入は減ったけど、鹿沼さんのお母さんが俺の両親や有機食材に湯水のように使っていた金がなくなったので、収支としてはトントン、下手したら増えるかもと言う感じらしい。

中一をもう一度やり直すことになったそうで、それは大変だけど、初めてのクラスで「義務教育なのに留年しました!」と言って笑いを取ったそうだから、うまくやれるんじゃないかと思う。

で、彼女はやり直しの中一で部活に入り、それが「軽運動部」と言うちょっと変わった部活なのだ。

「軽音楽部じゃなくて?」

「運動です。健康のために各自でほどよく運動するんです」

運動はしたいけれど大会に出るなどガチでやりたいわけじゃない、自分が楽しい範囲で運動したい、と言う子たちの部活だそうだ。各自の体力に合わせて目標を立てて、ジョギングだの筋トレだのするらしい。

「割と楽しそうだけど、各自やることバラバラだと部活として統一取れなくない?」

「そうでもないですよ、運動前と後のストレッチはみんなでやることになってるんで、始めと終わりの時間に合わせて計画立てるんです」

「なるほど」

……と言ういきさつを、夕飯の時に千歳に話した。千歳は鼻を鳴らした。

『まあ、あいつもう暴れそうにないけどさ、なんでお前、自分をさらった奴とそんなに仲いいんだよ?』

「いやあ、あっちも事情あるしねえ。それに、特にけが人も出なかったしさ」

家庭事情的に、鹿沼さんのこと他人に思えないんだよな。で、鹿沼さんのほうが俺の家庭事情より改善の余地があって、その改善に俺が手を貸せてるので、それが嬉しい。

千歳はブリの照り焼きに箸を伸ばした。

『ていうか、お前、中学生に教わるんでいいのか? 筋トレっていってもさ』

「だってさあ、体力がしょぼくてもできる筋トレなら絶対あっちのほうが詳しいよ。顧問はガチの体育教師で、すごくよく指導してくれてるらしいし」

『へえ』

「それにさ、ちょっと前まで栄養失調と肝炎で入院してた女の子と、ちょっと前まで自律神経失調症でよく寝込んでたアラサーとだったら、体力のしょぼさとしてはいい勝負じゃん?」

『勝負しないで寝てろって感じだな』

千歳は苦笑した。

『まあ、でも、今は割と元気なわけか、おまえもそいつも』

「そう、だからさらに元気になるために、運動をプラスしたいわけ」

『ふーん、まあ、悪くないんじゃないか? 飯もおやつもしっかり作ってやるから、筋肉つけろ』

「ありがとう」

そういうわけで、夕飯が終わって食器を洗ってから、鹿沼さんにLINEした。

「体力なくてもできる筋トレですか?」

「おすすめある?」

「道具ありとなし、スペース取るのと取らないのと、どれが続けられそうですか?」

おっ、これはかなり詳しそうだぞ?

「道具はない方が良くて、スペースもそんなに取らないとありがたいな」

「じゃあ、なかやまきんに君のですね、定番だけど」

顔と名前は知ってるけど、定番なの? あんなムキムキの人がやる筋トレとか、ついていける自信ないんだけど?

でも、続いて送られてきたいくつかの動画は、俺でも割と行けそうな筋トレだった。

「この中から、できそうなの続けてください。あと、プランクつけるといいですよ。ヨガマットあるといいけど、お布団の上でもやれます」

「ありがとう、助かる。詳しい人に聞くのがやっぱり一番だね」

ニコニコ顔の猫のスタンプが来て、その次にこう来た。

「いつもお母さんのことでいいこと教えてもらってばっかりだから、たまには私も役に立たないと」

少し経ってから、またLINEが来た。

「和泉さんと知り合えてよかったです。私みたいに、お母さんのことで困ってる人、そんなにいないと思ってたから、いろいろたくさん教えてもらえて、すごくよかった」

不意に来たストレートな感謝の言葉に、俺はちょっと胸が詰まった。

「いや、その、できるだけのことはしてるけど、大したことはできてないよ、頑張ってるのは鹿沼さんだよ」

「でも、和泉さんがいなかったら、頑張り方よく分からなかったです」

それは、まあ、確かにそうなのかもしれない。鹿沼さんのお母さんを必死で引き止めているのは鹿沼さんだけど、引き止めるための知識や方法は、かなり俺由来だから。

「いろいろあってから、保健師さんとか、保健室の先生とか、担任の先生とかとよく話したんですけど、私みたいに、親が変なことになっちゃってて、困ってる子って意外といるらしいんです。でも、どうにかしたくても、どうすればいいかわからないらしいです」

「難しいからね。正直、鹿沼さんのお母さんは軽症なほうだよ」

「どうにかできたら一番だけど、自分みたいなのが結構いるってだけで少し気が楽になるなって思いました」

「そうだね」

「そういう人がいるなってだけで楽になるし、なんていうか、私にとっての和泉さんみたいな人がそういう人たちにいたら、すごくいいなって思います」

アドバイザーねえ。そりゃいたらいいけども、人材がいなさすぎるな。それに、俺は鹿沼さん以外のアドバイザーになれるキャパシティがないよ。

「とりあえず、俺は鹿沼さんがまたお母さんのことで困ったらいつでも相談に乗るし、俺にできることはできるだけやるよ。いつでも連絡して。俺もまた筋トレのアドバイスほしいし」

「ありがとうございます!」

そんなこんなでやり取りを切り上げたら、スマホにSlackの通知が入った。ダイレクトメール、萌木さんから。

なんだろう? 萌木さん、定時すぎに連絡してくること、あんまりないんだけどな?

開いてみたら、こんなことが書いてあった。

「こんなことを頼むのは申し訳ないけど、個人的に相談に乗ってほしいことがあるんだ。個人的なことなので全然実績にならないんだけど、個人的にお礼するから、どこかで時間取ってもらえないかな?」

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