お前をもっと太らせたい
さて、人間ドック結果が届いたので見よう。多分異常はないし、さっと見て終わろうと思ったのだが、怨霊(命名:千歳)が結果の封筒を見て
『ちょっと待て! 気持ちの準備させろ! 成績が気になる時の通信簿見るみたいな気持ちなんだ今!』
と大騒ぎしたので、千歳の準備ができるまで待っている。
「別に大丈夫だって、異常ないって」
『だって、ワシが毎日頑張ってるやり方が大丈夫かどうか、これでわかるだろ!』
それは、まあ、そう。千歳が俺のところに来ていろいろやってくれてることは、俺の健康に大いに寄与しているので。ありがたいことである。
千歳(布団干し終わった直後なのでヤーさんのすがた)は胸に手を当てて深呼吸を繰り返し、やがてキリッとした顔になって言った。
『うん、覚悟できた、開けろ』
「はいはい」
俺は結果の封を開けた。
結果がまとまった紙をテーブルに広げ、千歳にも見えるようにする。171cmで54kg、血液検査結果、胃の検査結果、心電図、血圧、エコー、尿検査、全て異常なし。視力が低めなのはもとから。もっと太れって言われてるけど、小さい頃からこんなだからまあ大丈夫……。
『おい! 低体重って言われてるじゃないか!』
千歳が体重に気づいて、でかい声で言った。俺は弁明した。
「いや、これは小さい頃からだし、ブラック企業退職した時よりは体重増えたし、大丈夫だよ」
『でも医者が言ってるんだろ! ええー、三食まともなもの食べさせてるのにー!』
千歳は頭を抱えてジタバタし、それから顔を上げて言った。
『お前、食う量が少ないんだよ! もっと食え! 太れ!』
「えー、そんな、胃の容量ってそんなに増えないよ!」
量の問題はいかんともしがたいよ! 好き嫌いあんまりなく何でも食べるから、量は許してくれよ!
俺は、思いつくことがあって言った。
「いや、その、体重については、俺も多少言い分がある」
『なんだ』
千歳は口をへの字にした。
「あのさ、世の中ダイエットに悩んでる人ばっかりじゃん。でも、もとから軽いなら、ダイエットに悩まなくていいし、それはいいことじゃん。年取ったら基礎代謝落ちて太りやすくなるしさ、今ならこれくらいでいいって」
千歳は、難しい顔をして腕を組んだ。
『うーん、まあ、脂身ばっかりつけさせたいわけじゃないが……』
「脂身って、豚肉じゃないんだから」
俺、食肉?
『いや、でも、脂身はいらんが、筋肉はつけろって思う。お前、貧相だし』
「貧相ってそんな、モデル体重なのに」
『貧相だ。絶対モデル体型じゃない、体重はモデルでも』
千歳は言い切った。
「そんなはっきり言わなくても……」
まあ、モデルは運動してボディメイクに励んでるだろうし、ラジオ体操と散歩くらいしかしてない俺は貧相にしかならないだろうし、何も反論できないけど。
『ていうか、ワシ今思ったんだが、年取ったら重いものあんまり食べられなくなるし、基礎代謝落ちても太りにくくなるんじゃないか?』
「う、そういう考え方もあるけど……」
千歳は俺の両肩をつかんだ。
『お前、今より食べられなくなったら消えてなくなっちゃうじゃないか! 太れ! 今食べて太れ!』
うわー、下手こいた!
「で、でも、胃の容量とかなかなか増えないよー!」
『一度に食えとは言っとらん! おやつとか食べろ! お前甘いもの嫌いじゃないだろ!』
確かに、一度にたくさん食べるより、食べる回数増やして少しずつ食べるほうが行けそうだけども。
「えっと、好きだけど、おやつ食べたせいで三食食べられなくなったら、作ってもらってるのに悪いし、本末転倒だし」
『調整してやる!どうしても無理なら残しても怒らん!』
それからしばらく、千歳(女子大生のすがた)は台所で何やら真剣に作り出し、その日の三時には、なんと手作りプリンが出た。
『バニラエッセンスなかったからあんまり甘い香りしないけど、砂糖とカラメルはちゃんと入れたし、味は大丈夫だと思うから、食べろ』
プリンって、そんないきなり作れるものなの!?
「え、おいしいけど、別に市販のでも……ていうか、なんでプリン?」
『そんなに油っぽくなくて、でも卵と牛乳と砂糖だから、栄養あるだろ?』
き、気づかい!
「ありがとう、すごくおいしい」
『そのうち、バニラエッセンスも買ってちゃんとしたプリン作るからな! プリン以外でも、油っぽくないの、作れそうなら作るぞ!』
千歳はにこにこした。
うーん、まあこれくらいなら夕飯も響かないと思うけど、ここまでしてもらえるなら、本格的に太らなきゃいけなくなってきたな……。
脂肪だけじゃなくて、筋肉もつけた方がいい。それには、やっぱり運動を増やすしかない。運動したら、お腹空いてもっと食欲出るかもしれないし。
でも何から始めればいいだろう、ラジオ体操と日に三十分くらいの散歩しかしてないガリでもできる筋トレとかないだろうか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます