番外編 人間ドック受けさせたい
祟ってる奴が、何でもくれる夢を見た。
「千歳、これあげる」
祟ってる奴は、にこにこしながらチョコミントをたくさんくれた。欲しかったコンビニのお菓子もたくさんくれた。チョコレートの詰め合わせやクッキーの詰め合わせもいっぱいくれて、ケーキもシュトーレンもくれて、料理に使いたいけど値段的に買いにくいベーコンや明太子やしらすまでたくさんくれた。
喜んでいたら、「これもあげるよ」と、こたつをくれた。冷蔵庫も、電子レンジも、棚も、カラーボックスも、机も、本棚もくれた。
「これも役に立つと思うから、使って」
と、パソコンとスマホまで渡されて、ワシは少し怖くなった。
『これ、お前の仕事道具じゃないか、なかったら困るじゃないか』
「俺は、もういいんだ」
祟ってる奴は笑った。
「今までありがとう、千歳。すごく楽しかったよ」
祟ってる奴は、ワシに背を向けて、どんどん歩いて行ってしまった。
『おい、どこ行くんだ、どうしたんだよ!!』
慌てて追いかけたけど、どうしてか全然追いつけなかった。祟ってる奴の背中はどんどん遠くなっていった。一生懸命追いかけて、声を枯らして呼びかけて、そこではっと目覚めた。
祟ってる奴は、布団の中でぐーすか眠っていて、ワシは寝るときいつもそうしているみたいに祟ってる奴にぐるぐる巻き付いていた。なんにも起きてなかった。祟ってる奴は、ちゃんとここにいた。
でも、起きてからも、悲しくて、怖くて、祟ってる奴がいなくならないかすごく心配だった。
だからずっと祟ってる奴に巻き付いてたら、流石に事情を聞かれた。それから、起きてほしくないことを起きないようにするために現実で頑張れば、怖い夢は見ないかも、と言われた。わかりやすく説明してもらって、確かにそうだなと思えたので、祟ってる奴に、いなくなるなよと念を押しまくってから、やっと巻き付くのをやめた。これまでと同じように、ワシが頑張ればいいんだ。こいつに楽しいことを増やしてやって、怪我も病気もしないように気をつければいいんだ。
祟ってる奴は、特に何事もなかったように昼飯を食べて、午後は取引先のおっさんと打ち合わせをしている。
〈ところでさ、和泉さん、人間ドック受けたりしてる?〉
「人間ドック、ですか? 行きつけのところで血液検査くらいはしてますが……」
祟ってる奴は頭をかいた。
〈血液検査もしたほうがいいけど、バリウム飲んだり眼底検査したりも、やっぱり定期的にやったほうがいいよ。フリーランスは体が資本だし。和泉さんまだ若いけど、やれるならやっとくにこした方はないって。周りでさー、故障が見つかる人が多いんだよね〉
「費用って、どれくらいかかります? 人間ドックって」
〈……結構高い。四万くらい見た方がいい〉
「高いですね……」
〈でもねー、早期発見できなかった時のほうが高く付くからねー、がんとかポリープとか〉
「それはそうですけどね……」
祟ってる奴は乗り気じゃなさそうだったが、ワシは怖くなった。ただでさえ弱っちい奴だから、他に病気あったりしたら、すぐだめになっちゃうじゃないか!
だから、ワシは打ち合わせが終わったらすぐ、祟ってる奴に飛びついた。
『おい! 人間ドックってやつやれ、すぐやれ! 金出してやるから!』
「何!? なんで千歳も!?」
祟ってる奴はビビった。
『隠れてる病気があったら、すぐわかるんだろ?』
「まあ、そう」
『すごい病気になる前に見つけて治せ! お前、弱っちいんだから、過敏性腸症候群以外に病気あったらすぐお陀仏だ! 絶対治せ!』
「いや、別に病気あるとは限らないけど……」
祟ってる奴は明らかに戸惑ってたけど、「じゃあ、受けるよ、人間ドック」と言った。
「この辺で受けられる病院と、費用調べるから。予約しなきゃいけないだろうから、明日明後日に受けられるものじゃないけど、スケジュール調整して早いうちに何とかするよ」
『そうしろ、四万くらい出すからな』
「いや、半額出してくれればいいよ、俺のことだし、俺も出すよ」
それから祟ってる奴はパソコンで人間ドックを調べ始めて、四月に三万円で人間ドックを受けられる病院を見つけたので、ワシは一万五千円渡した。
『しっかり調べてこいよ!』
「うん、まあ、ちゃんとやってくるよ」
『特に胃腸をちゃんと調べてこい、お前、食べさせても肉が全然つかないじゃないか!』
「それは、そういう体質だからとしか……まあ、バリウム飲むし、その辺もちゃんと調べるから」
祟ってる奴は困ったように笑った。とにかく、ワシは少しだけ安心した。
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