第6シーズン
ずっと存在してほしい
朝起きた時から、ずっと怨霊(黒い一反木綿のすがた)(命名:千歳)に巻き付かれている。顔洗うのも食事中もずっとだ(千歳は伸びようと思ったら結構伸びるので、しっぽを俺に巻き付けながら朝食を作っていた)。
流石に、トイレの時は頼み込んでほどいてもらったけど、トイレの前までついてくる。
「どうしたの? 何かあったの?」
と何度聞いても、
『なんでもない』
とぼそっと言って、でもすごく心配そうな顔で俺を見てくる。
腰から胸に巻き付いてくるだけで、別に拘束されてるわけじゃない。騒いだり暴れたりするわけでもない。急ぎの仕事があったので、巻き付かれたまま片付けたが、納品してから改めて聞いた。
「本当にどうしたの? 嫌な夢でも見た?」
『…………』
千歳は黙っていたが、巻き付いたところからちょっとピクッとするのが伝わった。嫌な夢見たな。
どうしようかな、悪夢の辛さはすごくよくわかるんだけど、好きに巻き付かせてあげる以外、何ができるわけでもないし……。
「悪夢ってさ、人に話せば本当にならないって言うよ。話してみない?」
そう水を向けてみると、千歳はもじもじしていたが、そのうち口を開いた。
『……本当にしたくないけど、恥ずかしいから話したくない』
「うーん……」
そう言われるとな……。
「そうだな……じゃあ、そうだな。悪夢ってさ、その人が恐れてる事態を避けるために、脳が予行演習してるって話があるんだけどね」
『予行演習?』
千歳は首を傾げた。
「なんていうかさ、予行演習して対策しておけば、最悪の事態は起きにくいじゃん」
『うん』
「でさ、夢って脳みそが記憶の整理するときに見るじゃん」
『うん、そういう話聞いたことある』
「だからさ、すごく起きてほしくないことがある時に脳みそが記憶整理すると、その起きてほしくないことを脳が予行演習して、対策しようとするらしいんだよね。それが悪夢になるわけ」
悪夢なら必ずそう、というわけでもないと思うけど、俺自身が悪夢に悩んでいた時、調べてどこかで読んだ話だ。
「だから、その起きてほしくないことを現実でもよく考えてさ、現実でそれが起きないよう対策すれば、ちょっとは悪夢見なくなると思うんだけど……どうかな?」
『うーん……』
千歳は、しっぽを俺に巻き付けたまま、器用に腕組みした。
「悪夢の内容は、別に話さなくていいけど。対策で協力できることがあれば、俺、協力するから」
『…………』
千歳は腕組みをほどき、俺をじっと見た。
『何でもするか?』
「うーん、俺は全能じゃないから、何でもとは……できることならするけどさ、できるだけ」
『できることなら、何でもするか?』
「努力するよ、できるだけ何でもする」
そう言うと、千歳は、俺にさらにぎゅっと巻き付いて、俺の方を両手でがっしり掴んだ。
「え、何?」
『……お前さあ、どこにも行くなよ』
「特に外出る予定ないけど」
『そうだけど、そういう意味じゃなくて! 外出るのはいいけど、いなくなるなよ!』
どういうことなんだ。別に行方不明になる予定はないが。
「じゃあ、外出るときはなるべく行き先言うよ」
『あと、人生投げるなよ、楽しいことなるべく作ってやるからさ』
どういうこと? 何かしてくれるのか? 俺が楽しいと、悪夢に何の関係があるんだ?
『それから、怪我とか病気するのもなしだぞ!』
「う、うん、気をつける」
『最近お前仕事ばっかりだから、もう休めよ! 体もんでやるから!』
「いや、その、午後は萌木さんと打ち合わせ……明日ならなんとか一日休めるから、明日じゃだめ?」
『明日休めよ!』
「う、うん、わかった」
『飯もしっかり食えよ、うまいもの作ってやるから!』
「ど、どうもありがとう」
千歳は、ふーっと大きく息を吐き出した。
『……気が済んだ。昼飯作ってくる』
千歳は俺の両肩から手を離し、するすると俺の胴体から体をほどいた。それから、ぼんと音を立てて女子中学生の格好になり、台所に行ってしまった。
なんだかよく分からなかったが、少し考えて気づいた。悪夢対策で俺に関することばかりしろってことは、つまり俺に関する悪夢を見たということ? 俺がいなくなるとか……怪我や病気をするとか?
……俺に何かある夢を見て、それから俺のことが心配で、ずっと巻き付いてたってこと?
たまらない気持ちになった。俺は、思わず仕事机から立ち上がった。千歳の後を追って台所に行く。
千歳は夢の内容に触れられたくないわけだから、なんて言えばいいかわからないが……。
冷蔵庫を開けて材料を選んでいた千歳が振り返った。
『なんだ? 食いたいものあるのか? 作ってやろうか?』
「あ、いや、リクエストってわけじゃないけど……」
俺は頭をかいた。本当、どうすればいいんだろうな、ある日いきなり俺のところに来て、すごく俺をかまってくれて、心配してくれる人に、本当になんて言えばいいんだろうな?
「あの……千歳のおかげで、俺、結構体良くなったしさ。健康には気をつけるよ、怪我とか病気しないように気をつける」
『うん、そうしろ』
「無理しない範囲で仕事頑張って稼ぐからさ、だから……その……」
『そしたら、結婚して子供作るか? もう作れそうか?』
千歳がぱっと明るい顔になって、勢い込んで聞くので、俺は苦笑した。
「いや、まだまだだけど、でも人生頑張るから、だから、これからもよろしくね」
今の生活が、すごく楽しい。これからも、千歳との生活が、ずっと続けばいい。
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